フォト

本を出しました

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

カテゴリー「コラム」の記事

2015年10月17日 (土)

昔、書いた拙著の「あとがき」を最近、突然思い出しました

 私は、住民基本台帳ネットワークネットが稼働する直前の2002年6月に『「電子自治体」が暮らしと自治をこう変える -住基ネットとICカード、電子申請の何が問題か-』(自治体研究社)という本を書きました。
 最近、この本の「あとがき」の一節が、突然、なぜだか頭に浮かびました。特に、他意はありませんが、下記に「あとがき」の一部を転載します(OCRでテキスト化しましたので誤字があるかも知れません)。

 昨年(2001年)11月、『IBMとホロコースト ―ナチスと手を結んだ大企業』(エドウイン・ブラック箸、小川京子訳、柏書房)というたいへんショッキングな題のレポートが出版されました。ユダヤ人などの大量虐殺をナチスが効率的に行うためのシステムを、世界有数のコンピュータメーカーであるIBMが直接、またはドイツの子会社を通じて、提供していたことを暴いたものです。もちろん、コンピュータは、当時、まだ存在しません。使ったのは、穴をあけることで情報を記録する13.3センチ×8.3センチの紙製のカードを、機械に読み取らせ、選別し、結果を図表に書き出すパンチカードシステムです。ナチスは、国勢調査の記録や住民記録、医療記録などの個人情報をパンチカードにし、誰がユダヤ人か、誰が障害者か、誰が国家に反対しているのかを機械を使って選別し、極めて効率的にガス室に送りこんだのです。当時、IBMは「一般的道徳からかけ離れた特殊な企業倫理にとらわれ」ていたといいます。それは「『なし得ることは、なされるべきだ』という論理」(同書)です。

 ただし、誤解をしないでいただきたいのは、この本を巻末でわざわざご紹介したのは、IBMをことざらに非難するためではありません。次の記述に、背筋を凍らせてしまったからです。

 (ナチスドイツの)内務省高官は、すべての個人情報を集中する25階建ての円形のデータ塔を建てるという奇抜な提案を検討した。……想像上の塔の25階の名-階には、誕生月を表す12の部屋が円を描いて並ぶ。各部屋にはそれぞれの月の各日に1台ずつ、31台のキャビネットがある。……人口調査局から登記簿とその改訂簿が送られてくる。そうして6000万人のドイツ人をすべて、住所が変わっても同じところで扱われ、相互参照することができる。データは約1500人の配達係が、ファイルを運ぶ磁気のように部屋から部屋へ走り回って集められる。

 データ塔の提案は、「建設と開館準備に何年もかかる」ことを理由に、ナチスドイツでは却下されました。しかしこの血塗られたおぞましい青写真は、数十年の時を経て、地球を半周し、今、現実化しようとしています。データ塔をデータセンターに、キャビネットをコンピュータ(サーバ)に、人口調査局を市町村に、登記簿とその改訂簿を本人確認情報に、配達係を電気通信回線に、6000万人を1億3000万人に、ドイツ人を日本人にして。

 以上ですが、特に、他意はありません。

 因みに、現在のドイツでは、汎用の共通番号の導入は連邦基本法(連邦憲法)違反とされており、日本のマイナンバーのような番号制度の導入は出来ません。

2015年6月 8日 (月)

民主党法案ではなかったカードへの「性別」記載を、わざわざマイナンバー法に持ち込んだ安倍政権

 2015年10月、住民登録のある全ての人(以下、「国民等」とする)にマイナンバー制度の個人番号が付番され、市町村から番号を記した紙製の通知カードが簡易書留で送られて来る。通知カードの券面には、個人番号の他に、氏名、住所、生年月日、性別が印字される。
 さらに、2016年1月からは、個人番号カードが市町村から希望者に交付される。個人番号カードはICチップの入ったICカードで、表面に氏名、住所、生年月日、性別と顔写真、裏面に個人番号が記載される。

 ※参考 内閣官房「マイナちゃんのマイナンバー解説」(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/gaiyou.html#m5

 どちらにも氏名などとともに「性別」が記載されるのだが、それは問題だとの指摘がある。

■ カードへの「性別」記載は、性的マイノリティーに対する偏見・差別を助長

 2015年5月23日付けの「赤旗」の記事「性別記載は差別助長 池内氏が番号カードで指摘」(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-05-23/2015052305_03_1.html)によれば、日本共産党の池内さおり衆議院議員は、15日の内閣委員会で「マイナンバー(共通番号)を付した個人番号カード・通知カードの性別記載について、性同一性障害(心と体の性が一致しなかったり違和感を持ったりする人)など性的マイノリティーに対して偏見・差別を助長するものになると指摘」したとある。

 また、6月7日の「赤旗」は、「マイナンバーのカード記載 性別違和もつ人が守られない 職場に知られる/就職困難に」と見出しを付けた記事(同紙のサイトに当該記事はない)を掲載した。
2365_3 「来年1月以降、事業者は、従業員のマイナンバーを取得する必要があります。問題はその際、本人であることを確認するために、性別を記載した『個人番号カード』か『通知カード』などの提出が求められていることです」として、戸籍は女性だが男性として暮らしている方の「戸籍の性別が職場に分かってしまった場合、解雇されることもあるのでは」、「ハラスメント(嫌がらせ、いじめ)を受けるのではないか」との不安や、職場を探すときにもマイナンバーが壁になるとの心配の声を紹介している。
 記事には、池内議員の次のようなコメント(一部のみ引用)も載せられている。

 マイナンバー制度は、カードに性別を必ず記載することを法律で決めています。性別記載に苦しんでいる当事者が各地で声を上げ、国民健康保険証や、介護保険証、障害者保健福祉手帳など、不必要な性別記載の削除や裏面記載など行政を動かしてきた取り組みに逆行するものです。

■ 「性別」をカードに記載する理由

 ところで、衆議院内閣委員会の議事録(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000218920150515006.htm)によれば、池内議員の「マイナンバー法は、番号カード、通知カードに漏れなく性別を記載することを定めている・・・この性別記載について、そもそも性別を記載することが本当に必要であったのか、真剣な検討が必要だったと思うんですが、その経過を教えてください。法律をつくるときの話です」との質問に対し、向井治紀・内閣官房内閣審議官は「マイナンバー法につきましては、基本的には住基台帳を基本としているということから、基本情報として四情報を書くというふうなことで、性別も書くというふうなことになっております」と答えている。
 基本情報というのは、住民基本台帳法に規定された「氏名、住所、生年月日、性別」のことであり、これらの4情報は住民票コードとともに、市町村から住基ネットで行政機関等に提供されている。
 政府としては、住基が基礎だから、マイナンバーも、この4情報を書くのが当然ということなのだろう。

 しかし、この答弁に反して4情報のうちの「性別」については、当初から個人番号カードに記載されることが「マイナンバー法」、正確には「法案」に盛り込まれていたわけではないのである。どういうことか。以下詳しく述べるが、その前に、そもそもマイナンバー制度はどこから出て来たのか。

■ マイナンバーの始まりは、小泉政権時代の「骨太の方針2001」

 自民・公明連立政権のもと2001年1月に経済財政諮問会議が国の機関として設置された。諮問会議は同年6月に「骨太の方針2001」を示したのだが、ここにITの活用により、わかりやすくて信頼される社会保障制度を実現するとして、社会保障番号の導入が盛り込まれていたのだ。これが、マイナンバー制度導入へ向けた具体的な検討の始まりであり、小泉内閣の時代である。

 その後、具体的な検討が厚労省を中心に進められ、麻生内閣時の「骨太の方針2009」には、社会保障番号を社会保障カードとともに2011年度中を目途に導入すると書かれるに至った。

 しかし、2009年8月の総選挙で、自公連立政権は敗北、民主党を中心とする新政権が誕生した。これにより前政権が進めてきた社会保障番号、社会保障カードの構想は、すべてストップしたかに見えた。しかし、民主党は選挙マニフェストに「税・社会保障共通の番号の導入」を掲げており、前政権の番号制度や番号カードに対する基本的な考え方は、納税者番号としての役割も盛り込む形で継承、いや、むしろより拡大されたのだ。

 民主党政権は、共通番号制度の導入に向け、社会保障・税に関わる番号制度についての基本方針」、「社会保障・税番号要綱」、「社会保障・税番号大綱」を矢継ぎ早に策定し、2012年2月には、共通番号制度の根拠法として「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」(マイナンバー法案)を野田内閣として閣議決定し、国会に提案した。

 マイナンバー法案は、成立に向け民主・自民・公明の三党による修正合意がなされた(2012年9月)。修正の内容には、番号通知のために「仮カード」の国民等への交付も含まれていた(日経新聞「共通番号法案成立へ、民自公大筋合意 情報管理の徹底明文化」2012年7月26日付け http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS25039_V20C12A7EA1000/)。

 しかし、衆院解散(2012年11月16日 野田内閣)に伴って、マイナンバー法案(以下、「民主党法案」とする)は国会で可決される前に廃案になってしまった。
 その後の総選挙では、民主党は敗れ、自民・公明による安倍政権が誕生した。
 安倍内閣は、民主党法案に多少の修正を加えた上で、2013年3月には早くも「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」(マイナンバー法案)として新たに国会に提案した。
 同法案は2013年5月9日に衆議院で、5月24日に参議院で、自民・公明・民主・維新などの賛成多数で可決され、マイナンバー法(以下、「現行法」とする)として成立した。

■ 民主党法案では、「通知カード」はなかった

 さて、民主党法案と現行法には差異が色々とあるのだが、カードに限っていうと、1つは、民主党法案にはなかった通知カードが、新たに盛り込まれたことである。これは、2012年7月の三党合意にあった「仮カード」の具体化であろう。
 民主党法案では、国民等への番号通知は「書面により通知しなければならない」としているだけであり、その書面の記載内容については何ら規定されておらず、その書面に「性別」が記載される予定であったのかどうかは分からない。
 一方、現行法は、「性別」も記載した「通知カードにより通知しなければならない」としている。

 民主党法案(http://www.cas.go.jp/jp/houan/120214number/houan_riyu.pdf PDF)

第4条 市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は、住民基本台帳法第三十条の三第二項の規定により住民票に住民票コードを記載したときは、政令で定めるところにより、速やかに、次条第二項の規定により機構から通知された個人番号とすべき番号をその者の個人番号として指定し、その者に対し、当該個人番号を書面により通知しなければならない。

 現行法(http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bangoseido/pdf/260717bangouhou.pdf PDF)

第7条 市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は、住民基本台帳法第三十条の三第二項の規定により住民票に住民票コードを記載したときは、政令で定めるところにより、速やかに、次条第二項の規定により機構から通知された個人番号とすべき番号をその者の個人番号として指定し、その者に対し、当該個人番号を通知カード(氏名、住所、生年月日、性別、個人番号その他総務省令で定める事項が記載されたカードをいう。以下同じ。)により通知しなければならない。

■ 民主党法案では、個人番号カードに「性別」の記載はなかった

 民主党法案と現行法のカードについての違いの2つ目は、個人番号カードの記載内容である。

 民主党法案

第56条 市町村長は、政令で定めるところにより、当該市町村が備える住民基本台帳に記録されている者に対し、その者の申請により、その者に係る個人番号カード(氏名、住所、生年月日、個人番号、その者の写真その他その者を識別する事項のうち政令で定める事項(第三項及び第四項において「カード記載
事項」という。)が記載されたカードをいう。以下この条及び第七十条において同じ。)を交付しなければならない。

 現行法

第二条 7 この法律において「個人番号カード」とは、氏名、住所、生年月日、性別、個人番号その他政令で定める事項が記載され、本人の写真が表示され、かつ、これらの事項その他総務省令で定める事項(以下「カード記録事項」という。)が電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によって認識することができない方法をいう。第十八条において同じ。)により記録されたカードであって、この法律又はこの法律に基づく命令で定めるところによりカード記録事項を閲覧し、又は改変する権限を有する者以外の者による閲覧又は改変を防止するために必要なものとして総務省令で定める措置が講じられたものをいう。

■ 「性別」を記載事項としてワザワザ追加した安倍政権

 民主党法案ではなかった「性別」が記載事項の1つとして、現行法ではわざわざ付け加えられているのだ。どういうことなのだろうか。

 民主党法案で「性別」の記載がなかったのは、先の記事の池内議員のコメントにある「不必要な性別記載の削除や裏面記載など行政を動かしてきた取り組み」を反映したものと考えれば、当然だと思える。
 しかし、自民党の安倍政権による現行法は、こうした流れに逆行し、「性的マイノリティーに対して偏見・差別を助長するもの」(池内議員)となっている。安倍政権の反動性がここにも現れているのだ。

 池内議員の性別記載が必要と判断した経過をの質問に、向井審議官は「マイナンバー法につきましては、基本的には住基台帳を基本としているということから・・・性別も書くというふうなことになっております」と答えている。
 しかし、民主党法案も「住基台帳を基本」という点では現行法と何ら変わらない。この答弁は、質問への回答としては不十分だ。「性別」を記載する積極的理由とは何か、記載しなければどのような問題が生じるかなど具体的に答えるべきであろう。政府の態度は極めて不誠実なものと言わざるを得ない。
 なお、向井審議官は、現政権だけでなく、民主党政権時に既に審議官としてマイナンバー制度の担当をしていた人物である。

 なお、本稿の筆者である黒田は、カードへの「性別」の記載は問題であるとの立場を以前よりとっており、2013年3月2日、同年7月4日に、それぞれ以下のツイートを行っている。

2015年5月30日 (土)

日本における番号制度の歴史に関するメモ 「事務処理用統一個人コード」から「マイナンバー」まで

 黒田充が作成した「日本における番号制度の歴史に関するメモ」です(未定稿)。


 

0.国民総背番号(制度)とは何か

(1)国民総背番号としての要件

 国民に広く番号を付ける制度を「国民総背番号(制度)」と呼ぶ場合があるが、国民総背番号と呼ぶには次の要件を満たしている必要があると考える

 ①番号が、国等の行政機関によって、全国民に重複することのなく、また漏れなく付けられていること

 ②番号は、国等の行政機関によって、一元的に管理され、番号だけで個人を正確に特定できること

 ③番号は、国等の行政機関などにおいて、多目的に利用されていること

 ④番号をキーにして、国民の個人情報を集約する、いわゆる名寄せができること

(2)要件を満たす番号

 (1)の4つの要件を満たす国民総背番号に最も近いものは、基礎年金番号と住民票コードである

  基礎年金番号  ①は年金加入者に限定、②は概ね該当、③と④は該当せず

  住民票コード  ①と②に該当、③は部分的に該当、④は該当せず

 (1)の要件すべてを満たす番号制度は、日本にはまだない。しかし、2015年10月に付番されるマイナンバー(社会保障・税番号)は、これらをすべて満たす

1.番号制度導入の検討開始

Nagare

(1)「政府における電子計算機利用の今後の方策について」の決定

 1968年、電子計算機の利用に関する調査研究を行うなどとする「政府における電子計算機利用の今後の方策について」を閣議決定

 当時の政府は、電子計算機利用の推進を行政改革の一環として位置づけていた

(2)「事務処理用統一個人コード設定の推進」の決定

 この決定を受け、行政管理庁を中心とする「関係七省庁会議」(行政管理庁、大蔵省、通産省、文部省、郵政省、科学技術庁、経済企画庁)と、工業技術院が全省庁を集めた「電子計算機利用に関する技術研究会」が発足。1970年には、「事務処理用統一個人コード設定の推進」など、今後のコンピューター利用に関して政府が取り組むべき具体的な事項を決定した

(3)「各省庁統一個人コード連絡研究会議」が発足

 1970年、行政管理庁ほか関係12省庁による「各省庁統一個人コード連絡研究会議」が発足し、その導入に向けた研究が開始された

 連絡研究会議は、1971年末までに全国民に統一個人コードを付け、1975年に全面的な実施を計画

 しかし、国民総背番号制への国民の反発もあり、その後、議論は立ち消えとなった

2.グリーンカード導入の検討と挫折

(1)グリーンカード(少額貯蓄等利用者カード)制度とは何か

 マル優(少額貯蓄非課税制度)の対象とされる非課税貯蓄の不正利用を防ぐため、これらを利用しようとする者に、金融機関(郵便局を含む)へのグリーンカードの提示と氏名、交付番号の告知を義務付けることで、本人確認を確実に行おうというものであった

 カードは、本人(在留外国人を含む)の申請に基づき国(国税庁)が交付

 カードには、交付番号、氏名、貯蓄の受入機関等の名称及び最高限度額などを記載

(2)グリーンカード制度が提案された背景

 1978年当時の政府は、「一般消費税」の導入の前提条件として、利子・配当課税に対する源泉分離課税制度を廃止し、総合課税化を目指していた・・・課税の不均衡を是正し、公平を図る

 総合課税化を図るには、利子・配当所得の適正な把握のための「納税者番号制度」の導入が必要であるとしていた(同年、政府・税制調査会「昭和54年度の税制改正に関する答申」)

 ところが、納税者番号制度導入に対する社会的反発は非常に強く、その代案として1979年に政府はグリーンカード制度を提案した

 利子や配当の「本当の受取人が誰であるか」をグリーンカードを使って確認(本人確認)する

 マル優を利用しない者についてもカード提示を求める

 金融機関(郵便局を含む)は国税当局に支払調書を提出し、国税当局はカードの交付番号を使って名寄せを行い、国民個々の所得を把握する

(3)グリーンカード制度の挫折

 1980年3月末に、制度の根拠法である所得税法改正案が国会で可決され、1984年1月から実施されることになった

 しかし、経済界・金融界を含む各界からの反対と、それに対する政治的妥協により一度も実施されることなく、1985年3月には廃止法案が可決されてしまった

 国民からの批判 ・・・ カード(番号)交付は任意だが、預金口座を持たずに生活するのは一般的ではなく、カード交付を受けざるを得ない → 強制と大差なく、これは国民総背番号制度である

 海外への資金流出等の懸念も

3.納税者番号制度の導入をめぐって

(1)納税者番号制度とは何か

 グリーンカード導入のきっかけとなった「納税者番号制度」の定義は一様ではないが、例えば

 ◆財務省のWebサイト http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/tins/n03.htm

 税務面における「番号制度」とは、国民一人一人に一つの番号を付与し、

 (1) 各種の取引に際して、納税者が取引の相手方に番号を「告知」すること

 (2) 取引の相手方が税務当局に提出する資料情報(法定調書)及び納税者が税務当局に提出する納税申告書に番号を「記載」すること

 を求める仕組みである。

 これにより、税務当局が、納税申告書の情報と、取引の相手方から提出される資料情報を、その番号をキーとして集中的に名寄せ・突合できるようになり、納税者の所得情報をより的確に把握することが可能となる。

(2)納税者番号制度導入をめぐる議論

①政府・税制調査会「昭和54年度の税制改正に関する答申」 1978年

 「利子・配当所得の適正な把握のためいわゆる納税者番号制度の導入を検討すべきであるとする意見」が出されたことを明らかにした。ただし、現実の問題は難しいとして、事実上棚上げに

②税制調査会「利子配当・土地税制特別部会」報告 1979年

 「納税者番号制を導入するために十分な環境整備が行われているとはいいがたい……現実を踏まえ、課税貯蓄及び非課税貯蓄双方に通ずる本人確認、名寄せのための現実的かつ有効な方策」としてグリーンカード制度の採用が適当であるとした

③政府税制調査会「納税者番号等検討小委員会報告」 1988年12月

 再び消費税導入の前提として、竹下内閣において納税者番号の議論が浮上。納税者番号等検討小委員会を設置(1988年3月)

 報告の内容は、(1)納税者番号制は、導入されるとすれば、基本的にどのような仕組みになるのか、また、どのような仕組みがわが国に妥当なのか、(2)有価証券、預貯金、不動産取引など各々の納税者の所得・資産にかかわるすべての情報を対象とするが、プライバシー権についてはどう考えるべきものなのか、(3)コスト計算の面から、課税庁のみならず他の行政機関も広く利用できる制度とすること、(4)民間での利用についてはどう考えるべきものなのか等、を骨子とする。実質的には、納税者番号制を議論する上でのたたき台としての役割を担うものといえる。(石村耕治『納税者番号制とプライバシー』1990)

④具体的進展が見られなかった導入へ向けた議論

 納税者番号等検討小委員会は1988年12月に報告をまとめた後、1992年11月にも報告を出したものの政府は納税者番号制度に向けた具体的な動きを取ることはなかった

 動きがない背景について、森信茂樹・中央大学法科大学院教授は「税制当局にはこの後遺症から、納税者番号制度は総論で賛成していても、いざ導入となれば大変な抵抗がある、という強迫観念があり、自ら前面に出てそのメリットを述べていくということを差し控えている。政府税制調査会における議論がほとんど進展していないのはその現れである」(森信茂樹「納税者番号制度の本格的議論の開始を」『国際税制研究』22号、2009年6月)としている

 なお、利子・配当所得への課税については、その後、政府税制調査会は分離課税とすることが望ましいとの考えをとるようになり、納税者番号導入の目的として総合課税化があげられることはなくなった

 所得を勤労所得(累進税率で課税)と資本所得(比例税率で課税)に二分し、課税する二元的所得税論

⑤マイナンバー(社会保障・税番号)制度

 2015年10月に全ての国民と在留外国人に付番することとなっているマイナンバー(社会保障・税番号)は、税分野での利用(=納税者番号)も想定されている

(3)納税者番号制度の限界

①納税者番号を導入しても、正確な所得捕捉を完全に行うのは困難

 例えば、事業者の所得をもれなく把握するためには、売上げと仕入れを捕捉する必要があり、消費者が店でものを購入するごとに、店から店の納税者番号の告知を受け、購入の金額・日時等の情報を、消費者が税務当局に提出(送信)するシステムが必要 → 実現するには膨大なコストと手間がかかる

②政府自身も納税者番号制度の限界を認めている

 例えば、政府税制調査会「平成22年度税制改正大綱」(2009年)

 一般の消費者を顧客としている小売業等に係る売上げ(事業所得)や、グローバル化が進展する中で海外資産や取引に関する情報の把握などには一定の限界があり、番号制度も万能薬ではないという認識も必要

4.住民登録制度と住基ネット

(1)住基ネットと住民票コード

 1999年の住民基本台帳法改正により、住民基本台帳ネットワークが構築され、住民登録されている全ての国民に対して、識別番号として住民票コード(11桁の数字)を付番し、住民票に記載

(2)住民記録システムのネットワークの構築等に関する研究会

①研究会の発足

 市町村が個別に保有する住民基本台帳(住民票)を全国レベルでネットワーク化し、全ての国民に識別番号を付ける構想が自治省(現、総務省)から浮上

 1994年8月、「住民記録システムのネットワークの構築等に関する研究会」が自治省行政局長の私的研究会として発足

②最終報告の提出

 住民基本台帳を基礎とした、市町村や都道府県の区域を越える本人確認のためのネットワークシステムの構築についての調査・研究を進め、1996年3月に最終報告書(現在の住基ネットの原型となる)を提出

③懇談会の開催

 自治省は、1996年に各界の代表者から最終報告書に対する意見を聞く「住民基本台帳ネットワークシステム懇談会」を開催(3回)し、12月に発言要旨を分類整理した「意見の概要」を公表

(3)住民基本台帳法の一部改正と住基ネットの稼働

 1997年6月 自治省「住民基本台帳ネットワークシステムの構築について(住民基本台帳法一部改正試案)」公表、意見募集

 1998年2月 「法律案の骨子」公表、意見募集

 1998年3月 「住民基本台帳法の一部を改正する法律案」国会提出

 1999年8月 自民党、自由党、公明党などの賛成多数で可決、成立し、同年8月18日に公布

 2002年8月 住基ネット第1次稼働 国民(住民票)への住民票コードの付番と通知。行政機関等への本人確認情報の提供開始

 2003年8月 住基ネット第2次稼働 住民票の写しの広域交付、転入転出手続の簡素化の開始。住民基本台帳カード(住基カード)の交付開始

 2012年7月 在留外国人にも対象を拡大

(4)住民票コードと個人識別

 住民票コードのシステムは、日本で最初の全国民を対象とした番号制度である

 住民票コードによって、全ての国民(ただし住民登録のある)を確実に正確に識別可能となった

 しかし、住民票コードは、法的な制約により個人情報の名寄せには利用できない。納税者番号としての利用も不可。また民間利用も禁止されている

(5)住民基本台帳カード(住基カード)

①住基カードの概要

 住民の請求に基づき、希望者に市町村が交付(2003年8月~)。有効期間は発行の日から10年間

 住民は「写真付き」(氏名・住所・生年月日・性別を表面に記載)か「写真なし」(氏名のみ記載)かの2種類から選択。カード券面に住民票コードは記載せず。交付手数料は、概ね500円。無料の市町村も

 交付枚数は、2014年3月末現在で累計約834万枚(有効交付枚数約666万枚)

 ICチップ(Integrated Circuit)の内蔵されたICカードを使用

 ICチップには住民票コードと暗証番号(4桁の数字、交付時に設定)を記録。氏名・住所・生年月日・性別等の情報は記録していない

②提供されるサービス

 身分証明書として利用

 銀行口座の開設、郵便局等での荷物の受け取り、携帯電話の購入など

 電子申請・電子申告での本人確認(公的個人認証サービス)

 市町村の条例制定による独自利用 全国202市区町村(2013.4現在)

 証明書自動交付機、印鑑登録証、図書館カード、公共施設予約、コンビニでの住民票の写し等の交付など

③個人番号カードへの移行

 2016年1月からはマイナンバー制度による「個人番号カード」の交付が始まり、住基カードは廃止され個人番号カードに移行(サービス、機能等)する

5.社会保障番号と社会保障カードの導入をめぐって

(1)社会保障番号とは何か

①新たな番号制度の導入構想が浮上

 2001年頃より政府において住民票コードとは別の新たな番号制度である社会保障番号制度導入の検討が始められた

 住民票コードは、個人情報の名寄せには利用できない。民間利用も禁止されている

 社会保障番号は、社会保障にかかわる様々な行政機関や関係事業者に存在するデータベースにリンク(紐付け)されることで、記録されている個人情報の名寄せを行うものであった

②「社会保障番号」は、社会保障制度共通の番号

 社会保障制度毎に番号が違うため、社会保障サービスを一元的に処理できない

 社会保障制度 年金、健康保険、福祉、介護、生活保護、公衆衛生、労働保険、医療など

 年金:基礎年金番号、健康保険:被保険者証記号番号、介護保険:被保険者証番号

 社会保障番号は社会保障制度共通の番号とし、社会保障制度に関わる個人情報の名寄せを行うことを目的に全国民に付番される

③導入を方針化したのは経済財政諮問会議

 経済財政諮問会議は、当時の自公政権が取り組んでいた構造改革(新自由主義的改革)の方針を議論し決定するため、2001年1月に設置された国の機関。議長は総理大臣。2001年以降、毎年、「骨太の方針」を策定

 「骨太の方針2001」に、ITの活用により、わかりやすくて信頼される社会保障制度を実現するとして、社会保障番号の導入が盛り込まれた

(2)社会保障カードとは何か

①社会保障番号を活用するための「社会保障カード」

 社会保障番号は、新たに交付する社会保障カードに本人識別情報として記録される

 社会保障カードに記録されている本人識別情報をもとに、社会保障にかかわる様々な行政機関等のデータベースを検索し、記録されている個人情報を収集し、名寄せする

②導入が構想されていた社会保障カードの概要

 1枚のカードで、健康保険証、介護保険証、年金手帳の役割を果たす

 2011年度中を目途に市町村長が、全ての国民と在留外国人に交付

 本人の顔写真を付けることで、身分証明書としても利用可

 ICチップを内蔵したICカードとする

(3)社会保障カードが実現するサービス

 厚生労働省・社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会「社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書」(2009/4/30)によると

 自宅等からいつでも自分の年金記録(保険料支払額、将来の受給額等)などの閲覧ができる

 医療機関の窓口で医療保険資格(健康保険加入者資格の有無など)等の確認ができる

 ただし、介護保険での役割については具体的なイメージが示されなかった

(4)社会保障番号・カードが出て来た背景

①年金記録問題と、その解決策

 2007年5月、払い主不明の年金保険料納付記録が約5000万件、コンピューターに記録されず紙台帳のまま放置されている記録が約1400万件あることが発覚

 原因は、社会保険庁(現、日本年金機構)の年金記録のずさんな管理

 基礎年金番号(1997年~)を使って納付記録を統合する作業に失敗

 2007年7月5日、当時の政府と与党(自民党・公明党)は「年金業務刷新に関する政府・与党連絡協議会」において、国民に社会保障カードを交付することに合意した

 「今後、年金の記録を適正かつ効率的に管理するとともに、常にその都度国民が容易にご自身の記録を確認でき、年金の支給漏れにつながらないようにするため」に導入する

②もう一つの背景 「社会保障制度の見直し論」

 日本が国際競争に打ち勝つためには構造改革が必要。その一環として社会保障制度の見直しを

 国内高コスト構造の是正 → 企業の社会保障負担の軽減、規制緩和

 新事業・新産業の育成 → 社会保障の市場化・営利化

 持続可能で安心できる社会保障制度の再構築を図る

 高齢化により社会保障費(年金・医療・介護等の費用)は増大し、少子化により負担は限界

 そこで、社会保障費の抑制をはかる

  「自助と自律」が基本、民間で実現可能なものは民間で

  → 公的責任の放棄、社会保障制度の市場化・営利化

③経済財政諮問会議での議論と方針化

 「骨太の方針2001」 ←小泉内閣

 ITの活用により、わかりやすくて信頼される社会保障制度を実現する

 社会保障番号制度の導入 ←社会保障制度運営コストの削減などが目的

 社会保障個人会計の構築

 個人レベルで社会保障の負担(保険料)と給付額とのバランスを国民自らに確認させ、国民の自立を促す仕組み

 「骨太の方針2006」 ←小泉内閣

 社会保障費を2007年度からの5年間、毎年2200億円ずつ削減する →政権交代の要因に

 「骨太の方針2009」 ←麻生内閣

 社会保障番号・社会保障カードは2011年度中を目途に導入する

(5)社会保障番号・カード構想のその後

 2009年8月の総選挙で、自民党・公明党による連立政権は敗北、民主党を中心とする新政権が誕生

 政権交代により、自公政権が進めてきた社会保障番号、社会保障カードの構想は、すべてストップ

 ただし、社会保障制度の見直しとともに、番号制度や番号カードに対する基本的な考え方は民主党による新政権へと継承され、現在準備が進められているマイナンバー(社会保障・税番号)制度へとつながっていった

6.マイナンバー法成立までの経緯

(1)自公政権による番号制度導入の検討

 2001年頃から経済財政諮問会議等での社会保障番号、社会保障カードの導入を検討

 また、納税者番号についても1970年代末から長年にわたって検討を進めていた

(2)民主党政権による法案提出

①民主党がマニフェストで番号制度の導入を約束

 2009年8月の総選挙にあたっての民主党マニフェスト

 厳しい財政状況の中で国民生活の安定、社会の活力維持を実現するためには、真に支援の必要な人を政府が的確に把握し、その人に合った必要な支援を適時・適切に提供すると同時に、不要あるいは過度な社会保障の給付を回避することが求められている。 ・・・税と社会保障の一体改革

 このために不可欠となる、納税と社会保障給付に共通の番号を導入する。

 総選挙で民主党が勝利し、民主党政権(鳩山内閣)が成立

②法案提出までの経緯

 新政権は、マニフェストの具体化を図るため、新たに設置された「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会(2010/2~6)」や、「政府・与党社会保障改革検討本部(2010/10~、2011/2政府・与党社会保障改革本部に改称)」、さらに同本部の下に設けられた「社会保障・税に関わる番号制度に関する実務検討会(2010/11~)」などで議論を進めた

 2011年1月 「社会保障・税に関わる番号制度についての基本方針」 導入へ向けた基本方針

 2011年4月 「社会保障・税番号要綱」 基本的な考え方、制度設計、実施計画案

 2011年6月 「社会保障・税番号大綱」 法案策定に向けた方向性を示す

 2012年2月には、共通番号制度の根拠法として「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」(マイナンバー法案)を閣議決定し、国会に提案した

 これまで「社会保障・税に関わる共通番号」などとよばれてきたが、公募により名称を「マイナンバー」と決定(2011年6月、番号制度創設推進本部)

 これらとは別に税制調査会でも番号制度の導入へ向けた議論が行われてきた  ←正確な所得の把握

 2009年12月 「平成22年度税制改正大綱」 社会保障・税共通の番号制度導入を盛り込む

(3)衆院解散による民主党法案の廃案

 民主党が提案したマイナンバー法案は、成立に向け民主・自民・公明の三党で修正合意がなされた

 しかし、衆院解散(2012年11月16日 野田内閣)に伴って、マイナンバー法案は国会で可決される前に廃案になってしまった

 その後の総選挙では、民主党は敗れ、新たに自民・公明による新政権(安倍内閣)が発足した

(4)自・公政権による法案再提出と成立

 自公による新政権は、旧法案に修正を加えた上で、2013年3月1日「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案」(番号法案)を新たに国会に提案

 「通知カードの送付による個人番号の通知」などを追加

 2013年5月9日に衆議院で、5月24日に参議院で可決され法律として成立

 充分審議されたのか、国民に周知されたのか(特に自公政権による修正内容)といった問題が残った

(5)導入へ向けたスケジュール

2015年10月 国民等へ付番し通知(法律施行)

2016年1月 番号の利用開始、個人番号カードの交付開始

2017年1月 マイ・ポータル(2015/4 マイナポータルに改称)の利用開始

2018年(法律施行後3年)をめどに、民間利用など利用拡大に向けた検討を行う

2015年5月 6日 (水)

大阪都構想に対する私の意見―大阪市を特別区に分割することが情報処理システムに与える問題点について(未定稿)

 大阪都構想に反対する学者の人たちの記者会見に刺激されて、私の意見―大阪市を特別区に分割することが情報処理システムに与える問題点について―を書いてみました。
 まだ不十分な内容ですので、今後更新して予定です。

大阪都構想に対する私の意見―大阪市を特別区に分割することが情報処理システムに与える問題点について(未定稿)  2015/5/7版

■住民情報系7システムは一部事務組合に丸投げ

 大阪市を分割し特別区にするならば、それに伴い大阪市民の個人情報に関わる処理システムを5つの特別区別に分割する必要があります。

 しかし、協定書はシステム管理については、住民情報系7システム(住民基本台帳等システム、戸籍情報システム、税務事務システム、総合福祉システム、国民健康保険等システム、介護保険システム、統合基盤・ネットワークシステム)等は、「専門性の確保、サービスの実施に係る公平性及び効率性の確保を図るため」に、一部事務組合を設けて共同処理するとしています。わかりやすく言えば、情報処理は、専門性が必要であり、分けることは困難、また高コストになる、だから事務組合を作って一括処理するということです。

 では市民はこれで納得するでしょうか。住民票や戸籍、税、福祉、健保、介護などの個人情報は、市民一人ひとりにとって外部へ漏れると困るたいへん大事なものです。市民サービスを受けるために市を信頼し市役所に預けたものです。市民は、特別区に分割されれば、当然、区役所に個人情報は移ると思っているでしょう。しかし、新たに作られる一部事務組合に市役所から丸投げされるのです。

■共同処理とはどういうことなのか

 国のIT政策や総務省などの指導もあり、複数の市町村がコスト削減などを目的に、個人情報などの処理システムを共同化する動きがあります。既に都道府県単位などで共同化しているところもあります。

 しかし、この共同化は、データセンターなどの共同化です。建物は同じでも、また使っているソフトウェアや、プログラムの基本的な部分が同じであっても、各自治体の個人情報は別々のデータベースに治められ、通信回線を介して各自治体の職員が操作し、必要な処理が日々行われています。

 ところが協定書に書かれた一部事務組合での共同処理は、こうした共同化とは意味合いが違うのではないかと思われます。建物や、使っているソフトウェア、プログラムだけでなくデータベース自体も同じということになるのではないでしょうか。現在のデータベースには、一人ひとりの市民について、どこの区民であるかの印(いわゆるフラッグ)が付けられている―例えば、此花区春日出に住むAさんには「此花区民」の印が―と思います。これが特別区に分割されると「湾岸区民」の印に変わるだけ。こうすれば比較的簡単に対応でき、協定書にある「効率的」が果たされることになります。

 では、市民にとってはどうでしょう。市民は特別区の設置により区民になったと思っている、ところがデータベース上では、あいかわらず一つのまま、ただ元の市民一人ひとりが今はどこの区民であるかの印が付けられているだけ。騙しのようなものです。

 協定書にある「公平性の確保」とは、どこの区民になってもデータベース上では同じ扱いという意味なのでしょう。

■住民の名簿を自ら管理しない特別区は自治体と言えるのか

 もっとも、データベースの問題、コンピュータの話なのだからとやかく言うほどのものでもないとの声もあるかも知れません。

 しかし、考えてみてください。自治体は、区域と住民と政府(役所)が揃ってこそ自治体です。どれかが欠けていれば自治体とは言えません。また、ここで言う「住民」は、「誰かわからないが、とりあえず何人か区域内に住んでいるようだ」ではダメです。具体的に誰が住民であるのか、そしてその住民がどのような人なのかを知っている必要、要するに詳しい名簿を役所が持っている必要があります。

 こうした名簿は昔は紙で作られ管理されていましたが、今はコンピュータが使われています。大阪市では住民情報系7システムがそれに当たります。大阪市を分割するのですから、名簿も5つに分け、それぞれの自治体が管理するのが当然です。ところが、これを分けずに一部事務組合が一括管理する、これでは特別区は一人前の自治体とは言えません。

■一部事務組合任せでは、区独自の改善・変更は困難に

 またシステムを共同処理することから、区独自の判断によるシステムの改善―サービスの向上や事務の効率化などを目的とした―などが、非常にやりづらくなるのではないかと思われます。同じデータベースで処理していれば、ちょっとした変更でも全て5区で協議し合意しなければならなくなります。帳票や画面表示のごく簡単な変更でも簡単にはできない、そんなことになってしまえば、職員の仕事は柔軟性を欠き非効率になり、サービスを受ける住民にもしわ寄せとなるでしょう。

 そもそも特別区の設置は、区に独自性をもたらすためのものとされているのですから、区によってサービスに差異が出て来るでしょう。出て来なければ分割した意味はありません。

 コンピュータによる情報処理は住民サービスの内容に応じて構築されるものです。ですから、当然ですが住民サービスの変更に伴って改変する必要が生じます。共同処理を未来永劫続けるなら、それは特別区の設置の意義と矛盾することになります。いつかは独自に処理する必要が出て来るでしょう。その時にはあらためて多額の初期投資が必要となります。各区の財政状況は同じではありません。裕福な区は、比較的容易に一部事務組合から離脱し独自のシステムを構築することができるでしょう。しかし、そうではない区はどうなるでしょう。詰まるところ、お金のない区だけが、自由度のないシステムを共同で使い続ける一部事務組合に残るということになります。

 なお、大阪市のままであれば、当たり前ですが、こうした分割のための経費は必要ありません。

■特別区へ対応するための移行期間は確保されるのか

 特別区に移行するのは2017年4月1日です。その日にはシステムの移行も行われます。果たして混乱なく移行できるのでしょうか。現在の区役所は、新しい特別区の区役所(本庁)になるもの、支所になるものに分かれます。また手狭なため一時的にしろ別のビルを借りるところもあるでしょう。どちらにしても、現在の区役所が持つ機能は変わります。それに伴って各区役所のシステムの変更も必要です。

 ここには大きな問題が立ちふさがっています。移行期間です。3月31日の夜に、備品を移し、看板を書き換えただけでは、翌日から特別区としての仕事を始めることは出来ません。システム変更には必ず移行期間が必要です。もし、市役所、区役所を数週間(最低でも数日)程度閉めることができるのなら、システムのテストをやり、不具合を直すこともでき、比較的簡単に移行を終えることも可能かも知れません。

 しかし、一晩で変更となればどのような事態になるのか想像すらできません。朝になっても住民票の写しが発行できないとか、システムがダウンしたままで、職員のパソコンの画面が真っ暗といった事態もあり得ます。

■新しい住所への移行は間に合うのか

 また、システムの移行には、画面表示や帳票等への印字を新しい住所に変更することも含まれます。新しい住所がいつまでに決まるのかはまだわかりません。万が一、住民との間でもめるようなことがあって、特別区発足直前にまでずれ込むようなことになればどうなるでしょう。システムの変更が間に合わない、そんなこともあり得るでしょう。

 区役所から区民への通知、例えば納税通知などが旧住所のまま送られるとか、住所変換にミスが生じて大量の返戻や、遅配、誤配が出るかも知れません。

 政令市を特別区に分割した経験など誰もありません。住民情報の処理システムを合併などに伴って統合した例はいくつもありますが、分割をした例などありません。システムが様々なトラブルや不具合に見舞われることは、もはや間違いないでしょう。もちろんトラブルの中には、混乱による誤操作等を原因とした個人情報の流出も、残念ながら想定せざるを得ません。

■マイナンバーとの並行作業は可能か?

 マイナンバーの関係で言えば、2016年の稼働に向けて、おそらくシステムに関わる現場は、既にてんてこ舞いの状態でしょう。そこに投票の結果次第では、5月末から2017年4月に向けた準備が加わるのです。あまりの忙しさに、職員の中から何人もの病人が出てもおかしくない状態になると思います。

 マイナンバーの個人番号通知は、今年の10月ですから現在の大阪市のシステムで行うことになります。2016年1月から始まる希望する市民への個人番号カード(写真付ICカード)の交付や、税・社会保障関係での番号利用も、現在のシステムで行うことになります。
 ところがマイポータルや、自治体間のシステム連携は2017年開始の予定です。ちょうど特別区がスタートするときです。当然、大阪市も、その後に出来る特別区もその対応が必要です。何らの問題もなくスムーズに行くとはとても思えません。

 なお、大阪市として発行した個人番号カードは、特別区に変わる時点で表面に記された住所を変更する必要があります。おそらく数十万枚発行済みでしょう。どう対処するのでしょうか。

■システム移行は後回しになる可能性

 ところで、特別区に向けた準備にしろ、マイナンバーに向けた準備にしろ、これらは情報システムを管理している部署だけでは出来ません。住民票や戸籍、税、福祉、健保、介護など、いわゆる現課との綿密な協議や打ち合わせが必要です。帳票一枚、画面一つ作るにしろ、勝手にできるわけではありません。

 果たして、現課の職員が、システム担当者とのこうした協議や打ち合わせに充分な時間を割けるのでしょうか。現課の職員が、目に見えるものへの対応に追われれば、直接見ることなどなく、スイッチを入れれば動いて当然と思っているシステムへの対応など後回しにされるのではないでしょうか。しかし、特別区への移行という締め切りは、絶対に延ばすわけにはいきません。

 そのしわ寄せは市役所、区役所の職員に及ぶだけではありません。システム管理には多くの民間企業の社員―何次にも渡る下請けや、非正規や派遣労働者等々も含め―が関わっています。そうした人の中にも過労などによる病人が必ず出て来るでしょう。そして最終的には特別区の区民にも、サービスの低下や、権利侵害など様々な弊害が訪れることになるでしょう。

■個人情報の処理は自治体が責任を持つべき

 最初にも述べたように、住民の個人情報は、絶対に漏えいさせてはいけません。また情報の毀損や消失もしてはなりません。万が一、漏れたり、誤ったり、なくなったりすれば、住民に取り返しの付かない損害を与える可能性があります。

 ですから、個人情報を含む情報の処理は、当該自治体が責任を持って行うべきものです。それを分割の困難性や高コストなどを理由に、具体的な議論や検討なく安易に事務組合に預けてしまうような行為は、住民に対して責任を持つ自治体として、あまりにも無責任と言わざるを得ません。

 今回の大阪市で行われようとしている大阪市を廃止して、特別区にする案は、住民情報の処理の面から見ても、以上のようにたいへんな深刻な問題をはらんでいます。同時に、情報処理システムの移行に多大なコストをかけたところで、それは住民サービスの改善には全く繋がりません。むしろ流出などが生じる危険性を増すだけです。

 わたしは、以上の点から大阪市の廃止、特別区への移行は中止すべきだと考えます。

マイナンバーとはいかなるシステムか (4) ―排除のシステム

4 排除のシステム

 もう一つは排除のシステムです。
 個人を特定して一生追跡する。ストーカーのようなことをするのにマイナンバーは役立つのですが、これは排除と表裏の関係です。一番わかりやすいのは、番号を持っているか持っていないか。要するに住民登録、住民票があるかどうかです。住民登録がなければ、マイナンバーの個人番号は付番されません。外国人も含めてですね。住民登録があるか否かです。
 ホームレスの人たち、最近はネットカフェ難民の人たちもですが、こうした人の多くは住民票を既に消されてしまっています。そういう人には番号通知が来ないどころか、番号そのものが付けられません。マイナンバーが付かないことで、まずもって非常に深刻な排除が起きます。あと6カ月で確実に起きます。

 それから住民登録があって、番号が付番されているにもかかわらず、通知が届かない人もかなりの数になるでしょう。住民票に書いてある住所と実際に住んでいる場所が違うとマイナンバーの通知が届かない。DVとか色んな事情で逃げて来た、住民票を置いたままにして来た、そうなると通知は届きません。
 女優の上戸彩さんがテレビでCMしている「住民票を確認しておこう」というのはそういうことです。住所地に住民票を移動させなさいという案内です。しかし、すんなり移動させられるぐらいだったらいいのですが、移動させたらDV男が見つけて、追いかけてくる可能性がありますね。ヤクザが追いかけてくるかもしれない。だから移動できないわけです。移動できないとマイナンバーの通知は届きません。

 「別に番号がなかってもええやないか」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、残念ながらそうはなりません。雇ってもらうときに番号を言わなければならな事態が、来年にはもう始まるのです。2016年1月以降に新しく就職しようと思うと、番号を言わないとだめなのです。雇う側も番号を聞かないとだめなのです。その番号が正しいものだということを、証明する義務や確認する義務があるわけですから、番号がない人、自分の番号を知らない人は雇用から排除されてしまう。こういうことが、もうすぐ始まろうとしています。

 さらに、民間企業でマイナンバーを使ったプロファイリングが行われるようになれば、生命保険や医療保険から排除される可能性もあります。
 先ほどの「マイナンバーを健診に使う」という話、今回の法律改正で広げようと政府は考えている話をしました。こうした健診の結果が、生命保険や医療保険のサービスにつながっていくのではないかと私は思うのです。生命保険会社が、契約の際に「あなたの健診結果をマイナンバーを使って見てもよろしいですか」と聞いてきます。「OKしていただければ、保険料が1割下がりますよ」と。そうすれば、みんなどんどん「いいですよ、いいですよ」とOKする。ところが会社から「あなたは加入できません」と言われてしまう人が出て来る、健診結果から見てこの人を加入させると損するなとの判断ですね。加入した途端に入院されたり、亡くなられたりしたら損ですからね。

 もちろん、こんなことが来年すぐに始まるなんてむちゃは言いません。しかし、将来的にはそういうことになるでしょう。健診結果だけでなく、遺伝子情報まで広がっていくかも知れません。無茶なと思うかも知れませんが、マイナンバーを民間利用したいというのは、そういうことなのですから。

← 3 分類・選別・等級化のシステム

マイナンバーとはいかなるシステムか (3) ―分類・選別・等級化のシステム

3 分類・選別・等級化のシステム

■彼・彼女は価値のある人間なのか?

 マイナンバーのもう一つの性格は、分類・選別・等級化です。プロファイリングして、「ああ、この人はこういう人やな」とわかって、それで終わりにはならないわけです。監視と何か、どういうことなのかの話です。

 誰かを見て「ああ、この人はこういう人やな」とわかっても、放ったらかしでは意味ないですよね。例えば包丁を持ってうろうろしている人を見かけて、「ああ、あの人、包丁を持ってうろうろしてるわ」ではダメですし、「人を刺したら大変やね」とシミュレーションしているだけではダメなわけです。取り押さえるなり警察に電話するなりしなければならない。
 監視は、見ることと次に行動を移すことが必ずセットになる。ですから、プロファイリングした次に出てくるのは分類・選別・等級化です。これは先ほど「真に手を差し伸べるべき者」という言葉、考え方を、社会保障費の削減という文脈の中から竹中・小泉コンビが考え出したと言いましたが、彼・彼女をプロファイリングすることで、価値のある人間なのかどうかを値踏みし、選別する、篩にかけるということをマイナンバーでこれからやっていこうというのです。

 具体的に考えられているのは、例えば社会保障や医療給付の制限、上限設定です。これは最近あまり言われなくなったのですが、「社会保障個人会計」という名前で、小泉さんの時代、盛んに言っていました。保険料と給付のバランスを個々人のレベルで取る、一生涯で使える社会保障の額に限度を設ける、そういう話です。一生涯ではなく、年間の限度額という考え方も出来ます。医療費、健保組合からの負担ですね、これをたくさん使ったら年金給付が減るとか、そういうことです。社会保障全体で給付額を見る。

 それからもう一つは、その人が一生涯で支払った保険料ともらった給付額を引き算して、もらったほうが結果的に多くなってしまった場合は遺産から取ろうという話。そういうシステムを「社会保障個人会計」と呼んでいました。これは私が妄想で言っているのではなくて、ちゃんと政府のホームページに検討していると書かれている。現在は、表に出てきていませんが、前の前の前ぐらいの政権、もう一つ前ぐらいかな、では盛んに検討がなされていました。社会保障費を削減したい考えは変わっていませんから、おそらくまた浮上してくるでしょう。

 それから、理由、原因による制限ですね。これはメタボの関係でちょっと話が出ていたりするのですが、健保組合から、メタボに関わる健診を受けろとか生活を改善しろとか書いたチラシとかパンフが送られてきたり、会社でそういった話が出たりすると思うのですが、あれをもっと極端にして個人レベルまで落として行って、メタボ対策をしていない人が将来、いわゆる生活習慣病ですね、昔の成人病、これになった場合は給付に制限をかけようというそういう考えです。

 よくテレビで、分野は違いますが、自動車の損害保険の宣伝をしていますね。走った分で保険料が決まるという。たくさん車を運転している人と少ししか使っていない人で保険料が一緒だったらおかしいから、走行距離に応じて保険料を決めましょうという話。あれと同じ考え方なのです。
 健康保険も、その人の使っている量に応じて金額を変えるかもしれないし、支給額や給付割合を変えていくかもしれないし、資産に応じて給付額、また保険料も変えていく、そんなことをやっていこうという考え方ですね。政府が好きな自己責任、自己負担の考え方です。

 これが先ほど話した小泉内閣が倒れる原因となった「国民全体で痛みを分かち合う」ではなく、特定の人たちを狙い撃ちにしていこうとそういうものですね。そのためには、一人ひとりをプロファイリングしなければいけないのです。その人がどういう人か調べるために、個人情報と繋がった番号、マイナンバーが要るのです。

■生活保護費の抑制に活躍?

 当面は、マイナンバーは、生活保護費の抑制で大活躍するだろうなと思います。生活保護申請をすると市町村は預金調査をするのですが、これからは本人の預金調査だけではおさまらないでしょう。銀行口座にマイナンバーが入りますし、それにマイナンバーは、誰と誰が同じ世帯かもわかるようなシステムとしてつくられようとしていますから、本人だけではなくて家族。家族というとお父さん、お母さんとか、そんな意味ではないですね。いわゆる三親等内の親族というやつです。
 長い間、音信不通の甥や姪が生活保護の申請をしたら、その甥や姪の預金調査だけでなく、自分の預金口座も勝手に調べられるというようなことが起きる可能性があります。もし預金がごっそりあったら、「甥や姪の面倒を見んかい、おまえ」というような話になる。もちろん今のところ法律的にそんな義務はありません。
 しかし、政府はマイナンバーの構築に多額の金を使っていますし、生活保護費の削減を進めているのですから、法律で義務化される可能性もあると思います。また義務化されなくても、申請した人に「あんたのおじさんを調べたら預金たくさん持っているね。まずそちらに相談してみたら」と、窓口で指導されるかも知れません。それだけでも生活保護の抑制になるでしょう。

 それから、これははっきりしていないのですが、固定資産税、不動産、土地や家屋にかかる税金―市町村がやっている、東京の場合は都ですが―についてもマイナンバーと紐付ける作業が、市町村で進められているようです。これは市町村で固定資産税の事務を行うために必要だということで行われているようですが、そうなってくると、三親等内の親族の誰かが生活保護の申請をやると、自分が持っている不動産についても調べられる可能性が出てくるのです。「あんたの親戚、えらいええマンションを都心に持っているやないか。そいつを頼りに行かんかい」という話になるわけですね。
 都心のマンションを持っている人に直接、「誰々の面倒を見ろ」と言われるのではなくて、むしろ最初に始まるのは申請をした本人に、「おまえのおじさんは都心にマンションを持っているじゃないか。そこへ住まわしてもらったらいい。その話をまずつけてこい。それで、おじさんがだめだと言ったらもう一遍来い」とかいう、そういう指導、いわゆる水際作戦がどんどん展開されていくだろうと思います。

 郷里から黙って出てきている人だとか、親戚とのつき合いが切れてしまった人、DVで逃げている人なんかは、そんなことはできませんから、申請を諦めてしまう。ですからマイナンバーが社会保障費の抑制という点で、最初に役に立つのは生活保護だろうと。これは早ければ数年のうちに、2017年とか18年頃には、こういった事態が新聞の紙面を賑わせているかも知れません。もっとも、そうなったとして、もうその頃にはマイナンバーでそうなるのは当然と国民は受けとめているかも知れませんね。

■国民等を適材適所に

 あともう一つ、日本の政治の行方との関係です。よく言われるのは「徴兵制に使われるのでは」です。可能性はあります。徴兵制が入る可能性はゼロではありません。しかし、徴兵制だけのためだったらこんな大層なシステムは要りません。住民票と戸籍があればできてしまう。
 戦前、戦中のコンピュータなどない時代でも極めて正確に徴兵制度を機能させていたわけでしょう。日本の官僚制度は極めて優秀なわけですから、こんなものがなかったって、やろうと思えば出来るわけです。

 では、一体徴兵制の絡みでどういうことがあるのかというと、現実的なのは徴兵ではなくて徴用だと思います。兵隊に行くのではなくて、国民が適材適所に配置される。適性にふさわしい活用を図るために使われる可能性です。別に軍隊について行って飯炊きせよとか、そういう話だけではないですよ。例えば、いま介護で人が足りなくなったりしているでしょう。そうすると、「あんたはそんな無理をしなくても、介護の職だったらつけますよ」というようなことを半ば強制的に指導をしていくような、そういう仕事につかざるを得ない―本人の希望とは別にですよ。希望している人はもちろんやったらいいわけですが―希望をしていない人も含めて、人々が賃金が安くて嫌がっている仕事なんかに事実上強制的に、外堀を埋めていくようなやり方で、それしかつけないようにしていくということも含めてやっていくだろう。そういうことにプロファイリングが生かされていくだろうなと思います。

■民間企業も分類・選別・等級化したい

 それから、先ほどから民間の話もしていますが、政府だけでなく、彼らも、国民、彼らから見ると消費者を分類・選別・等級化したいのです。昔からある「お得意さんには便宜を図る」を、さらにもっと組織的に正確にコンピュータを使ってやっていく。別な言い方をすると「カモ」をどうやって見つけるかですね。個々の消費者の傾向や特性をつかんで、その人に応じてセールスを実行していく。

 皆さん使っているかどうか知りませんが―私は行かないのですが―ハンバーガーのチェーン店のクーポンですね。携帯電話とかスマホで会員になるとクーポンが送られてくるらしいですけど、あのクーポンの中身というのは人によって違うらしいです。その人が、いつ、何を店で買っているかによって違うものを送っているようです。
 アマゾンなどのネット書店も、以前に買った本とよく似た本が出版されると、こんな本買いませんかとメールが送られてきますね。企業としては、ああいうものをもっと、個別化、精緻化したいのです。

 それから、最近、ビッグデータという言葉がニュースなどでよく出て来ます。個人情報保護法の今回の改正でも問題になっていました。我々はさまざまな個人情報をばらまいて生活しています。そうしたばらまかれた情報をもとに、どういう傾向の人は、どういった物を、いつ、どこで買うのかといった傾向をつかんで、それをマーケティングに生かしていきたいという考えですね。
 この傾向分析には、個人情報の中から個人を特定できる部分を削除した匿名情報を使うと言います。たしかにそうかも知れませんが、それで済むのでしょうか。
 平日の夕方に山手線に乗っている人たちは、どこの駅で降りて、どういう買い物をするのかといった傾向分析するためには、個々の個人を特定する情報は要りません。誰であるかなんて必要ないです。女性、男性、年齢ぐらいでいいかも知れませんね。でも、それで傾向分析できたとして、今度は具体的にどうやって働きかけるのか。分析しただけでは何の役にも立たない。

 例えば、30代の独身女性で、晩の8時ごろに毎日、山手線に乗って、新宿駅で降りる人はこういう買い物をする、こういうところに晩ご飯を食べに行く、そういう傾向が強いことがわかったとして、では、その判明したタイプの人にどうやって働きかけるのか。働きかけないとビジネスにならない。そういう傾向の人は誰なのかを、結局探し出して、その人にクーポンのメールを送りつけるなりしないと儲けにならない。ですから、個人情報を我々の知らないところで勝手に使って分析されて、最後はやっぱり「カモ」にされる、そういうことになるだろうと思います。

← 2 プロファイリングのシステム    4 排除のシステム →

マイナンバーとはいかなるシステムか (2) ―プロファイリングのシステム

2 プロファイリングのシステム

 マイナンバーは、プロファイリングのためのシステムです。
 私たちは、様々な個人情報を、様々な場所、場面―例えば、街路、駅、コンビニ、職場、学校、銀行、病院、役所等々―でばらまきながら生きています。ばらまかれる個人情報にマイナンバーを紐付けることができれば、情報が誰のものであるか特定し集める、すなわち名寄せが可能となります。こうした情報によって、私たち一人ひとりをコンピュータ上に仮想的に再構築することができるようになるのです。その人がどういう人なのかプロファイリングする。
 こうした作業は本人のあずかり知らないところで自動的に行われて行きます。コンピュータが勝手にやっていくということです。もちろんプログラムを書くのは人間です。操作をするのも人間ですけれども、自動的にどんどん蓄積されて、貯められていくということです。自分についてどんな情報がどこに蓄積されているのか、それを全て知ることは、今でもそうですが、将来はさらにむずかしくなるだろうなと思います。

 今のところ番号と紐付けられるのは税や社会保障などに関わる情報だけです。しかし、制度開始前にもかかわらず金融機関や健康診断等への利用拡大をうたった番号法の改正がなされようとしています。また財界は民間分野での利用を強く求めており、政府はこれに応じる構えです。
 こうしたことを見れば、今後、紐付けられる対象が際限なく広がっていく可能性は大きいと思います。そして集められる情報が多くなればなるほど、コンピュータ上に仮想的に再構築される私たちの像、虚像ですが、これはより詳細になっていくのです。

 今、虚像と言いましたが、コンピュータ上に構築された仮想の個人と実際に生きている生身の私たちとは決してイコールではありません。当たり前の話です。生きていく上で、表面的には取り繕っている、良い格好しているというのは、みんなそうでしょう。家へ帰ってからの行動を外でやったら、会社を首になったりだとか、「あいつ、何やねん」となったりしますよね。家へ帰ったらパンツ一丁でぶらぶらしているかもしれませんが、それを外でやったら大変なことになるわけです。そういうことがいっぱいあるわけですから、外でばらまいている個人情報だけを幾ら集めたって正確にはなりません。
 それからもう一つ、人には多面性があることです。表に出していないものとか、場面によって切りかえている場合もあるわけですね。ストレスがたまって、晩にどこかの飲み屋に行くとかして、そこで振る舞っている姿と会社で振る舞っている姿、家で振る舞っている姿というのは全部違うというのは普通の話ですよね。また、同窓会に行くと全然違う自分を演じる人というのもそんなに珍しくはないでしょう。こうしたことは普通にあるでしょうから、いくらかき集めても、本人とイコールにならないのです。しかし、コンピュータ上ではイコールだとして処理されていく。

 それから、こういうプロファイリングは現実にはもうクレジットカード番号だとかポイントカードなどを使いながらやられていますね。特にアメリカなどでは盛んに行われているようです。しかしですね、民間の番号では集める上での限界があるのです。
 クレジットカードは1人で何枚も持ってる場合が多いですし、解約してしまえば番号が消えてしまいます。そうなるとプロファイリングしたくても、もうそこからは何もできない。Tポイントカードなんかも1人で何枚も持っている人がいますね。私も3枚ぐらい持っています。では、この3枚が同じ人間のものだと、Tポイントを運営しているCCCが知っているのかというと必ずしもそうとはいないわけです。
 もし、クレジットカード番号とTポイントカードの番号がリンクされていたら、プロファイリングをするには便利ですよね。より多くの情報を集められる。しかし、現実には、そうはなっていない。CCCにクレジットカード番号を登録していたら別でしょうけど、全部がそうなっているわけではありません。要するに民間の番号だけではプロファイリングに限界があるのです。

 そこで、1人を生涯にわたって完全に特定できる番号があればと、経済界の人たちは思うわけです。個人情報を集めて利用したい経済界にとっては、マイナンバーの誕生は本当にうれしくてたまらないと思います。だからマイナンバーの利用を民間へとどんどん広げていきたいと、彼らは盛んに政府に働きかけているのです。

← 1 個人を特定するためのシステム    3 分類・選別・等級化のシステム →

マイナンバーとはいかなるシステムか (1) ―個人を特定するためのシステム

 2015年4月10日に横浜で開かれた神奈川県保険協会主催の講演会での黒田充の話しの一部をテキスト化しました。

 レジュメの「4.マイナンバーとはいかなるシステムか」の部分です。ただし、話がよりわかりやすいように、かなりの加筆をしています。


 私たちは日々生活を送る中で―例えば携帯電話、インターネット、クレジットカード、ICカード乗車券、これらを利用することで―多種多様な個人情報をばらまいています。これらの情報は収集され、記録され、様々に活用されています。また私たちの行動は、街角や駅、コンビニ、銀行、公共施設などに設けられた監視カメラ、防犯カメラに記録され続けています。こうした記録を避けて暮らすことは、少なくとも都市部では、もはや不可能でしょう。ですから、私たちの社会は監視社会と言わざるを得ないと思います。

 私たちがいるのは監視社会である、このことを前提にした場合、直面しているマイナンバー制度とは、どのような性格を持つシステムだと見れば良いのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。
 もちろんこれからの話は、制度がスタートする2016年1月の時点で、こうなっているというものではありません。一度始めてしまうと、こうならざるを得ないのではないかという、そういう意味も含めての話です。システムが有する性格という面からマイナンバーを考えてみようというのです。

1 個人を特定するためのシステム

 まずマイナンバーは個人を特定するためのシステムです。一生にわたって我々をトレース、追跡することが可能になります。原則、番号は不変です。もちろん「絶対に不可」ではありません。マイナンバー制度の根拠法である「番号法」では、不正に用いられるおそれがあると認められる場合に限り、本人の申請又は市町村長の職権により変更することができるとなっています。
 これまでの住民票コードは、理由なしでも本人が申請すれば、幾らでも変えることができます。1日に何回でも変えようとすれば変えることもできるのです。しかし、マイナンバーは、不正に用いられるおそれがあると認められない限り、一生変わることも、変えることもできません。

 生まれたときに番号が付けられると、その番号が死ぬまでついて回ります。入園、入学の際にも番号とその記録が紐付けられることになるでしょう。ちょっと高校生のときにグレたら、それも含めて記録されるかも知れません。大学を出て、就職して、結婚して子供ができる。もちろん、こうしたことも番号と関連づけられて記録される。家族みんなで楽しく暮らしていたが、やがて寝たきりになり、死んでしまう。これらも記録される。
 こうした生涯にわたる全てが、その人がどういう人生を生きてきたのかが全部、番号と紐付けられて記録されてしまう。もちろんすぐにはなりませんが、マイナンバーの利用分野を税や社会保障から拡大し、民間利用も含めていけば、やがてそうなるわけです。

 これから生まれてくる人はまさにそうなりますね。そんな世の中が来ようとしています。今日、来られている人はそんなに若くはないようですが、私も含め私たちは、私たちの子どもの時の記録は、まずコンピュータには残ってないですね。まだ手書きの時代でしょう。今から、番号をつけたところで情報を昔のものまで遡って全部集めることはできません。子どものときの成績なんかもですね。しかし、将来的には、そうなってくると、恐らくできるようになる。だから、これから生まれてくる人たちは、まさに生涯にわたって、ずうっと番号によって人生を追跡されることになっていくだろうと、そう思います。

 ですから、例えば、年寄りになって寝たきりになってしまった時に、その原因はこれだと特定される可能性が出て来ます。それが本当の原因かどうかはわかりませんが、高校生のときにシンナーを吸っていたからこうなったのだと決めつけられる、自業自得だと、そういうことなのです。
 まあ、シンナーまで行かなくても、例えば、深酒を毎晩していたり、食生活に問題があって、健保組合などから生活改善するように指導を受けていた。しかし、指導に従わなかった。もちろんこういうことも番号に関連づけて記録されるでしょう。そして、年寄りになって色々と身体の不調が出て来た。その時に、若いときの記録を引っ張り出して、自業自得だと。「おまえ、若い時、こんなことしてたやないか」「あんたに手厚い保護なんてもったいない」と、そういうことになっていく、それがトレースなのです。ずうっと追跡していくわけです。例え氏名や性別を変えようと、番号は不変であり、追跡からは逃れることはできないのです。

→ 2 プロファイリングのシステム

2015年4月23日 (木)

「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (2)

諸外国の番号制度のQ&A

 諸外国の番号制度について、2011年11月に著した拙著『Q&A 共通番号 ここが問題』で触れていますので、その部分を以下に転載します。

 「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (1) →

 


 

Q54 諸外国が導入している番号制度には、いくつか種類があるそうですが、それはどのようなものですか?

 野村総合研究所は『2015年のIDビジネス』の中で「公的セクターのIDコードの類型化」として、その導入目的、発行方法からそれぞれ次のように分類しています(国名の後のカッコ内は根拠法の施行年)【注1】。

 導入目的によって分類すると、(1)住民登録のため:スウェーデン(1947)、デンマーク(1968)、ノルウェー(1970)、フィンランド(不明)、オランダ(2006)、フランス(1941)、韓国(1962)、(2)社会保障の加入者管理のため:アメリカ(1936)、カナダ(1964)、イギリス(1948)、(3)税務管理のため:イタリア(1977)、オーストラリア(1989)、(4)身分証明のため:シンガポール(1948)、エストニア(1999)となります。

 一方、発行方法で分類すると、(1)分散モデル―年金、医療といった領域(目的)ごとに個別のIDコードを発行し、統一的に利用できるIDコードを発行しない(筆者注:セパレートモデルともいわれる):日本、ドイツ、(2)統合モデル―あらゆる分野で共通して1つのIDコードを用いる(筆者注:フラットモデルともいわれる):スウェーデン、アメリカ、韓国、(3)セクトラルモデル―領域ごとに異なるIDコードを用いるが、それらのIDコードが個人に1つの基幹IDコードから紐付けられる仕組み:オーストリアとなるとしています。

 では、日本の共通番号制度はどうなのでしょうか。導入目的としては(2)と(3)でしょう。発行方法ではどうでしょうか。番号制度に関する実務検討会などで議論されてきた複数の分野で同じ番号を使うという点ではフラットモデルですが、情報連携基盤技術ワーキング・グループで検討されている情報連携の際には「個人を特定するための情報連携基盤等及び情報保有機関のみで用いる符号を識別子として用いる」(「中間とりまとめ」2011年7月28日)としている点ではセクトラルモデルのようです。最終的に併用となるのか、どちらかになるのか、今のところよくわかりません【2011年11月時点の記述のため「わからない」となっているが、現時点では統合モデルとセクトラルモデルの併用という形で準備が進められている】

 


 

Q55 番号制度を導入した背景は、国によって違うそうですが、具体的にはどう違うのでしょうか?

 番号制度を導入した背景は、国によって大きく異なります。

■ 戦争を背景とした韓国やフランス

 韓国の場合は「住民登録番号の導入目的の1つに、自国民と北朝鮮国民とを区別し、国民の安全を確保するという観点が含まれて」います。また、フランスの社会保障番号も「もともとは第2次世界大戦中のヴィシー政権時に、国民を管理するために導入された」ものです【注2】。
 もっともフランスの番号制度については「ドイツに占領されていた第2次世界大戦中の1940年に1人の軍人(ロネ・カミーユ氏)によって構想され」、「ナチに対するレジスタンス用の国民台帳(本来の目的では男性のみが対象。ただ、本来目的をカモフラージュするために女性も対象者に加えた)を作成するためであった」という話もあります【注3】。なお、フランスの社会保障番号は「全省庁を横断して普遍的に利用しないことが基本方針」になっています【注4】 。

■ 教会の住民記録から移管されたスウェーデン

 高山憲之・一橋大学特任教授によると、スウェーデンでは住民の出生や死亡等は、もともと教会に届け出られており、教会における住民記録管理は1571年に始まったといわれています。1686年に住民記録管理に関する統一規則が制定され、1947年には国民総背番号制度が導入されました。
 住民登録実務が教会から国税庁に移管されたのは1991年と【注5】、まだほんの20年前です。日本では考えられないことですが、スウェーデンでは教会と住民生活が密接につながっているようです。

■ 世界大恐慌に危機を感じて導入したアメリカ

 アメリカ【→】の社会保障番号(SSN)はどうでしょうか。1929年の世界大恐慌により1000万人が失業する中で、労働者運動が高まり、社会主義運動とも共同する場合が生じていました。時の政府は「国民が生活改善を求めるこの広汎な運動に対して、体制崩壊の危機を回避するためにも国民要求に応える新制度」として、1935年に社会保障法を制定しました【注6】。翌年には、「税の徴収と社会福祉給付のため」にSSNの個人への付番が始まり、「1年後に雇用保険にも使用することが決定」しました。さらに1943年には「連邦行政機関に対し、新しいデータシステムにはこの番号を使用することを命ずる大統領命令」が出されています。その後、1961年に「内国歳入庁がSSNを納税者番号として使用したことをきっかけに、SSNは、老人福祉年金、連邦及び州公務員の人事記録、退役軍人の疾病記録、軍人人事記録、さらに銀行や保険取引、自動車登録、多くの州の運転免許、州や自治体の公的扶助制度などに使用されるようになった」のです【注7】。

■ ナチス時代の反省が景にあるドイツ
 ドイツ【→】は、セパレート・モデルをとっていますが、これは「連邦憲法裁判所が下した、1983年の国勢調査に汎用の共通番号を利用することは違憲となる可能性がある旨の示唆を含んだ判決及びこの判決に基づいた汎用の共通番号の導入は連邦基本法(連邦憲法)上ゆるされないとする連邦議会の見解」があるからです【注8】。こうした見解の根底には「ナチス時代の反省が強くあり、公権力が個人を管理することには、非常に慎重」なのです【注9】。

 このように番号制度導入の背景は、国によって異なっており、「どこそこの国には番号制度があるから、日本にも」などと単純に引き写すことには無理があります。日弁連も「『税と社会保障共通の番号』制度創設に関する意見書」において、「そもそも推進している国々と我が国とでは,その国情や国民性が大きく異なる。特に、例えばEU諸国やカナダなどでは、我が国には存在しない独立の第三者機関(ドイツのデータ保護監察官、カナダのプライバシーコミッショナーなど)が存在し、国民等のプライバシー保護に関する監督機能を果たしているという実績が存することを抜きに考えられない」と指摘しています。

 


 

Q56 諸外国の番号制度はどうなっているのでしょうか。

 アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストリア、スウェーデンについて簡単に紹介します【注10】 。

■ 成りすまし犯罪者天国のアメリカ

 アメリカでは、社会保障番号(SSN)が行政だけでなく民間でも共通番号として幅広く使われています。SSNが漏洩したり、売買されたりすることなどにより他人のSSNを不法に使う「成りすまし犯罪者天国」の状況が生まれているようです。また、2005年からは、テロ対策などを理由に運転免許証等を国民IDとして機能させる多機能化(ICカード化)が始まっています。

■ 国民IDカード法を廃止したイギリス

 イギリスでは、2006年3月に国民IDカード法が成立し、英国ID登録簿(NIR)を作成することになりました。しかし、2010年5月に誕生した保守党・自由民主党による新連立政権は、恒常的な人権侵害装置であるとして、廃止を決定し、NIRのすべてのデーターは2011年2月までに廃棄されました。

■ データ保護監察官のいるドイツ

 ドイツは、連邦税務だけに使う納税者番号を2007年7月から導入していますが、この番号を他の行政機関や民間企業などが利用することは禁止されています。また、行政機関や民間企業の個人データの取扱いを監視する役割を持った中立的な第三者機関として「データ保護監察官」が連邦と16の州に存在しています。

■ セクトラルモデルを採用したオーストリア

 オーストリアでは、日本の住民票コードに相当するCRR番号から、第三者機関であるデータ保護委員会において、個人認証用の電子識別番号(ソースPIN)を作成し、さらに同番号から行政分野別番号(ssPIN)を作成するという3層制の分野別番号制(セクトラル・モデル)を採用しています。

■ データ監視社会との批判もあるスウェーデン

 スウェーデンでは、個人のプライバシー保護をあまり配慮することなく同一の番号を一般に公開し、多目的利用するフラット・モデルが採用されています。番号制度は、1947年に全国統一の制度として導入され、現行制度は1991年の住民登録法、住民登録簿法によって規定されています。番号を汎用することで、データ監視社会の構築を許してしまった国としての厳しい評価もあります。

 


 

注1 野村総合研究所『2015年のIDビジネス』東洋経済新報社、2009年、174~181頁。

注2 同、176頁。

注3 高山憲之「フランスの社会保障番号制度について」『世代間問題研究プロジェクト ディスカッション・ペーパー』No.345(2007年11月) http://www.ier.hit-u.ac.jp/pie/stage2/Japanese/d_p/dp2007/dp344/text.pdf

注4 同。

注5 同、「諸外国における社会保障番号制度と税・社会保険料の徴収管理」『海外社会保障研究』No.172(Autumn2010)

注6 芝田英昭『新しい社会保障の設計』文理閣、2006年、23頁。

注7 平松毅『個人情報保護 制度と役割』ぎょうせい、1999年、148~149頁

注8 名古屋市委員会意見書。

注9 日弁連、前掲パンフレット、9頁。

注10 参考とした文献 名古屋市委員会意見書。岡久慶「英国2006年IDカード法」『外国の立法』No.230、2006年11月。原田泉編『国民ID 導入に向けた取り組み』NTT出版、2009年。野村総合研究所、前掲書など。

 「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (1) →

2015年4月22日 (水)

「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (1)

◆NHKは「先進国で番号制度がないのは日本だけ」と言うが

 2015年4月21日、NHKは「NEWS WEB」の「深知り」のコーナーにて「マイナンバー制度 準備どこまで?」と題してマイナンバー制度を扱った。
 その中でNHKの解説委員は「番号制度が先進国の中で入っていないのは日本ぐらいのもの」との発言をした。解説委員が言った番号制度は、マイナンバーのように税や社会保障など他分野で共通に使う番号を利用する制度のことであろう。しかし、これは間違いだ。

 そもそも番号制度にも色々ある。1つは、税だけに使う番号や、社会保障だけに使う番号など用途を限定した番号制度。もう1つは、1つの番号を税や社会保障など様々な分野に共通に使うもの。日本の住民票コードや基礎年金番号、健康保険の記号番号、所得税の整理番号などは前者である。用途限定番号による制度も含めると、日本にも既に番号制度があることになる。一方、マイナンバー制度は後者であり、10月までは「番号制度はまだない」ことになる。

 NHKの解説委員は、この程度のことは知っているであろうから「先進国で番号制度がないのは日本だけ」の番号が、この用途限定番号を指しているとは到底考えられない。解説委員の発言の趣旨は「共通番号制度がないのは日本だけ」ということで間違いないであろう。

◆ イギリスにもドイツにもフランスにもマイナンバーのような共通番号制度は存在しない

 しかし、「先進国の中で共通番号を入れていないのは日本だけ」は事実ではない。
 イギリス【→】は、マイナンバーのような共通番号制度を創設しようと法を通し、具体的な準備まで進めていたのだが、制度廃止を唱える政権の誕生により実現することはなかった。
 またドイツ【→】には納税者番号はあるが共通番号制度はない。
 フランス【→】には社会保障番号はあるが共通番号としての利用をしないというのが国の方針となっている。

 言うまでもないことだが、イギリスもドイツもフランスもG7の一員であり先進国である。NHKの解説委員は、イギリスやドイツ、フランスの状況を知らずに、調べもせずに、政府の説明を鵜呑みにしているだけなのだろうか。

  政府の「すり替え」とNHK

 先に述べたような用途限定番号まで含めるなら「先進国にはみな番号制度がある」は、おそらく間違いではないだろう。しかし、マイナンバーのような共通番号にまで話を広げるなら、持たない先進国も多数存在するのだ。

 これまで政府は「先進国にはみな番号制度がある」という事実を、「先進国にはみなマイナンバーのような番号がある」という「ウソ」にすり替えてきた。
 NHKが、この「すり替え」を承知したうえで、「ウソ」を報じているのなら悪質極まりないと言わざるを得ない。しかし、私は「単に無知なだけ」と信じたい。

◆ むしろ「G7の中にマイナンバーのような番号制度のある国はまだない」が正解

 なおG7について見てみると、アメリカ【→】では社会保障番号(SSN)が民間も含め様々な分野で利用されており、カナダでも社会保障番号が税務など多分野で使われている。ただし、どちらも番号の取得は国民側の任意であり、日本のような強制ではない。
 一方、イタリアでは納税者番号が社会保障の分野でも利用されているが、日本のような生涯不変の番号ではない。

 日本のマイナンバーもこれら3ヶ国に加えれば共通番号制度を採用しているのはG7では多数派にはなる。しかし、「先進国で導入していないのは日本だけ」が事実に反しているのは何ら変わらない。
 むしろ日本のような全国民に強制される生涯不変の番号を多分野で活用するような番号制度を採用している国は、G7には「まだない」が事実である。

「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (2) 諸外国の番号制度 

より以前の記事一覧