マイナンバー、勤務先に知らせなくても健保組合は住基ネットで勝手に調べることができる話
2017年夏頃から、健康保険事務もマイナンバー(個人番号)を事務処理に使うことになっていますが、健康保険組合は加入者のマイナンバーをどのようにして取得するのでしょうか。
雇用主(勤務先)に従業員が、本人と扶養家族のマイナンバーを告知する(書類に記入する)ことで、健保組合に伝わる、だから告知しないと健保組合はマイナンバーがわからないと思っている人がほとんどだと思います。
しかし、従業員が雇用主に告知しなくても、健保組合は本人(組合員)と扶養家族のマイナンバーを住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)を使うことで取得できるのです。
■厚労省は健保組合などに「住基ネットを用いたマイナンバーの取得」ができると説明
厚生労働省は、今年の6月から7月にかけて、健康保険組合、国民健康保険組合、後期高齢者医療広域連合に向けた「医療保険者等における番号制度導入に関する説明会」を開催しています。その際に配布された資料が厚生労働省のサイトで公開されています。
健康保険組合向けの第1回説明会で配付された資料(PDF)を見てみると、その6頁に「個人番号の取得経路は『事業主からの取得』『加入者からの直接取得』『住基ネットを用いた取得』の3つが存在します」とあります(下図)。
従業員のみなさんは、現在、雇用主にマイナンバーを告げることが求められていると思いますが、これは3つの取得経路のうちの「事業主からの取得」にあたります。
一方、雇用主からではなく加入している健保組合からマイナンバーを求められている方もいるでしょう。これは「加入者からの直接取得」です。
7頁には、これら3つの取得経路についての概要、メリット、デメリットが書かれています(下図)。
そのうちの「住基ネットを用いた取得」、すなわち「住基ネットからの取得(J-LIS)」については、次のように書かれています。
概要
■【平成28年10月~3月(予定)】
健保組合が送付する電子媒体に格納された情報を用いて、J-LIS職員によって住基ネットから個人番号を取得する
■【平成29年4月開始予定】
医療保険者等向け中間サーバー等を通じて住基ネットから個人番号を取得するメリット
■電子媒体の準備・送付の後、J-LISが取得作業を担う
■本人確認作業が不要
■取得対象の加入者への事前周知は不要デメリット
■住所情報等の不一致等により、該当する個人番号が取得できない場合もある(ヒットなし/複数ヒット)
■手数料(10円/1件照会)やセキュリティ便の送付に係る費用負担が発生する
■マイナンバー取得、当初は電子媒体を使って、2017年4月以降はオンラインで
これだけではわかりにくいと思いますが、手順をもう少し詳しく言うと、
(1)健保組合は、組合員本人と扶養家族の住所・氏名・性別・生年月日を電子媒体(CD-RやDVD、USBメモリー等)に記録する。
(2)電子媒体をJ-LISに送る。
(3)J-LISは、電子媒体に記録された住所・氏名等をもとに、住基ネットの全国サーバーを検索し、一致する者を見つけ、その者のマイナンバーを電子媒体に書き込む
(4)マイナンバーが書き込まれた電子媒体が、健保組合に返送される
ただし、2017年4月以降(新規加入者等)は電子媒体ではなくオンラインでJ-LISから取得することになります。
※ J-LISは地方公共団体情報システム機構の略称で、同機構はマイナンバーシステムの管理とともに住基ネットの管理も行っている地方公共団体情報システム機構法に基づく地方共同法人です。
※ J-LISが管理する住基ネットの全国サーバーには、現在、住民基本台帳法にもとづき住民登録をしているすべての国民・在留外国人の住所・氏名・性別・生年月日と、住民票コード、マイナンバーなどが記録されています。
では健保組合はいつまでに組合員等のマイナンバーを取得するのでしょうか。第1回説明会で配付された資料の8頁を見ると、「事業主からの取得」「加入者からの直接取得」は2017年1月末までに、一方「住基ネットを用いた取得」については、2017年3月までは電子媒体を使い、以降は「中間サーバー等経由」でとしています(下図)。
■従業員は雇用主に告げなくても、健保組合は住基ネットでマイナンバーを取得できる
というように住基ネットを利用することで、健保組合は本人と扶養家族のマイナンバーを本人に事前に知らせる必要もなく勝手に取得できるのです。もちろん合法的(憲法に反しているか否かは別ですが)にです。
ですから、「マイナンバーを知らせたくない」と思って、従業員が雇用主に告知することを拒否したとしても、健保組合は住基ネットを使って、マイナンバーを取得してしまうのです。
逆に言えば、雇用主は従業員からマイナンバーを無理に聞き出す必要はないのです。番号欄が白紙のままの書類を健保組合に出して「あとはそっちで勝手に調べろ」でも、事務処理という点では全く問題ありません。
なお、国民健康保険組合、後期高齢者医療広域連合については、「住基ネットを用いた取得」のみ用意されています。「加入者からの直接取得」を厚労省は予定していませんから、これらの加入者については、組合等から本人や扶養家族のマイナンバーを聞かれることは本来ありません。
とはいうものの制度を理解していない職員から、国保加入者にもかかわらずマイナンバーを聞かれることがあるかも知れません。しかし、聞く必要も告げる必要も事務処理上は全くないのです。もし書けと言われたら「厚労省は住基ネットで調べるといってますよ」と言えば済むはずです。
■住基ネットで一致する者が見つからない場合も
健康保険組合向けの第1回説明会で配付された資料(PDF)のQ&Aに次のように書かれています(49頁)。
ご質問
加入者の個人番号取得はすべて住基ネットから取得してもよいですか。
ご回答
住基ネットからの個人番号の取得については、「本人確認が不要」であること、また、「取得することを取得対象加入者に事前周知は不要」などのメリットがある一方、基本4情報(氏名、生年月日、性別、住所)が一致しないことにより、取得できない場合や、逆に3情報以下での検索により、複数一致する場合もございます。
予定していた加入者の取得ができなかった場合、平成29年1月末までに番号を取得することが困難となることも考えられ、情報連携に向けたテストや平成29年7月からの情報連携も行うことができなくなるなど、番号法上の情報提供者としての責務が果たせなくなることから、個人番号の取得については、住基ネットからの取得のみではなく、事業主や加入者からの取得を十分考慮して考えていくことが望ましいと考えます。
雇用主(=健保組合等)に、住民票通り(住基ネットのサーバーに記録されている通り)の住所・氏名・性別・生年月日を届けていない場合は、住基ネットのサーバーを検索しても一致する者は見つかりません。見つからなければマイナンバーの取得もできません。
では、どれくらいの人が、見つからないのでしょうか。参考になる数字があります。
社会保険庁(現、日本年金機構)は、2006年頃から年金受給者の住所・氏名・性別・生年月日を地方自治情報センター(現、J-LIS)に送り、住基ネットのサーバーと照合し、住民票コードを得てきました。この作業は、その後、年金加入者全体へと拡大されました。第6回社会保障審議会年金事業管理部会(2014年11月28日)の資料3「社会保障・税番号制度への対応について(案)」(PDF)の3頁によれば、2014年2月の時点で、日本年金機構は「被保険者、受給権者、受給待機者等の約94%の住民票コードの収録」を済ませています。
ほとんどの年金加入者は、住民票通り(住基ネットのサーバーに記録されているとおり)の住所・氏名・性別・生年月日を雇用主(=日本年金機構)に届けていたのです。
この数字から見て、健保でも一致しないなどのエラーは出てもせいぜい数%程度に収まりそうです。
■年金機構も住基ネットでマイナンバーを取得
日本年金機構が、住基ネットで得るのは住民票コードだけではありません。この資料3「社会保障・税番号制度への対応について(案)」(PDF)の4頁には、次のように書かれています。
《マイナンバーの収録作業》
(1)初期突合・・・収録済みの住民票コードを基にしたマイナンバーの紐付(平成27年10月~12月)
○被保険者、受給権者、受給待機者等
収録済みの住民票コードを基に、住基ネットからマイナンバーを収録する。
既に得ている住民票コードをもとに、住基ネットからマイナンバーを取得するのです。加入者等からマイナンバーを聞き出す必要は、住民票コードの不明な者(全体の約6%)を除けばありません。
ただし、日本年金機構からの個人情報の漏えい事件を受け、番号法の一部改正(2015年9月)により、同機構のマイナンバー利用は延期(最大2017年5月まで)されています。このためマイナンバーの収録作業も先延ばしされています。
以上見てきたことからおわかりのように、健保も年金も、雇用主の手を煩わせてまで本人からマイナンバーを聞く必要などないのです。
税に関してはどうでしょうか。まだはっきりとしたことはわかりません。しかし、国税庁は、所得に関する情報を住民登録のある市町村と共有していますので、市町村に問合わせれば(手動ではなく、ネットワークを経由して自動的に)、マイナンバーを取得することが可能となると思われます。
また、住基法の改正により国税庁は住基ネットの利用が可能となっていますから、健保組合と同様のやり方で取得することも可能でしょう。
■住基ネットで見つからなかった場合、マイナンバーを誰に聞く?
では、加入している健保組合などが「住基ネットを用いた取得」を試みた際に、該当者なし(不一致等)となった場合、どうなるのでしょうか。
日本年金機構は、住民票コードの取得に際し、不一致などにより得られなかった加入者に対しては、2015年4月から住民票住所の申出勧奨状(住民票住所申出書)を届出住所に送付し、住民票住所を確認のうえ、あらためてJ-LISに照会を行っています。
もし、加入者がこの住民票住所申出書に答えないとどうなるのでしょう。日本年金機構が送付している「『住民票住所申出書』の送付について」【PDF】には、「期日までに本届のご提出がない場合、会社員の方はお勤め先(第3号被保険者の方は配偶者のお勤め先)に住民票の住所についてお尋ねすることがあります」と書かれています。
※ 日本年金機構から「住民票住所申出書」が送付されている件について、日本共産党の小池晃参議院議員は厚生労働委員会(2015年8月25日)において「「マイナンバーが施行もしていない(筆者注、番号法は2015年10月5日に一部施行)のに、マイナンバーのためだといって脱法的にやっている。行政のやり方として非常に問題だ。マイナンバーは制度そのものに問題があり、全面的に見直すべきものだ」と主張しています。(「赤旗」2015年8月26日付け )
一方、マイナンバーの取得については、住基ネットを使ってもできなかった場合、「平成28年度のねんきん定期便において届出勧奨を実施する」としつつも、「事業主に対してマイナンバーの未紐付者の一覧を送付し、マイナンバーの報告を求める」(資料3「社会保障・税番号制度への対応について(案)」【PDF】4頁)ともしています。
「住基ネットを用いた取得」を選択した健保組合の場合も同様に、マイナンバーを住基ネットから得られなければ、まず本人に問合わせをし、返答がなければ雇用主に問合わせることになるでしょう。
では、問い合わせを受けた雇用主はどうするのでしょう。不一致となった従業員に対し、「正しい住所・氏名・性別・生年月日はどうなっているのか」と聞くだけでなく、中には「なぜ住民票通りに届けていないのか」と理由を質すところも出て来るでしょう。ブラックな企業が普通に存在する日本社会ですから、最悪の場合、雇用問題に発展するかも知れません。
■「番号を書く、書かない問題」は長くは続かない
本稿で述べたような住基ネットを使ったマイナンバーの取得が行われることについて、私は拙著『マイナンバーはこんなに恐い!』(2016年2月25日発行)で、既に「予言」していました。
健保や年金、税などの個人情報がマイナンバーと紐付けられるのが嫌で、雇用主や役所にマイナンバーを告げることを拒否している、拒否したいと考えている人も多いと思います。しかし、これまで見てきたように、税はまだわかりませんが、少なくとも健保と年金の情報については、政府は住基ネットを使って、本人の意思とは関わりなくマイナンバーと紐付ける予定であり、そのための準備を着々と進めているのです。
マイナンバーを書かない、言わないだけでは、マイナンバーと個人情報が結びつけられることを防ぐのは困難なのです。それが現実です。
こうした点について関心のある方は、拙著をご購入の上、「『番号を書く、書かない問題』は長くは続かない」の項(24頁)などをぜひご覧ください。
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