「東京五輪の観戦・移動・宿泊をカード1枚で」のカードは、マイナンバーカード? それとも・・・
総務省は2020年の東京五輪・パラリンピックを訪れる外国人向けに、ICカード1枚で交通機関の利用や競技場への入場、ホテルへのチェックイン、買い物などがすべてできるようにする。日本の先端技術を体感できる『おもてなし』の目玉にする考えで、来年度予算の概算要求に事業費10億円を盛り込む。
と報じました。へぇ~そんなことを考えているのかとびっくりされたかとも多いかと思いますが、このICカードには、どのようなカードが想定されているのでしょうか。ちょっと調べてみました。
■ロードマップ(案)では、訪日外国人にも、マイナンバーカードを使わせる予定だが
2015年5月20日に開催された政府のIT総合戦略本部のマイナンバー等分科会では、「マイナンバー制度利活用推進ロードマップ(案)」(下図)が議論されています。ロードマップ(案)は、福田峰之・内閣府大臣補佐官(当時)が提案したものです。ロードマップ自体は案のままでしたが、その内容の多くは翌月の30日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針2015)」などに盛り込まれました。
ロードマップ(案)の2019年のところには「住民票を有しない在留邦人や訪日外国人に在外公館において個人番号カード交付」(下図)とあります。個人番号カードとはマイナンバーカードのことですね。そこから矢印が伸びたところ―2020年ですが―には「バーチャルレジデントサービスの活用」とあり、さらに「オリンピック会場入館規制(7・8月)」と書かれています。この「入館規制」には「興行チケットや携帯電話の本人確認販売・・・」(2017年)や「個人番号カードや・・・」(2020年)からも矢印が伸びてきています。こうしたことから、ロードマップ(案)は、記事でいうところの「訪日外国人がICカードで競技場への入場ができるようにする」ことをうたっているものと理解して良いでしょう。
このように先の記事の話は、ロードマップ(案)と重なるところがあり、その具体化として見ることができます。ただし、「訪日外国人に個人番号カード交付」や「オリンピック会場入館規制」は「骨太の方針2015」などには明記されていません。あくまでもロードマップ(案)での話です。
さらに記事を読んでみます。そこには
利用者は事前にパソコンなどで情報を登録して個人ごとの『おもてなしID番号』を受け取り、チケットやホテルを予約するときにIDを入力する。日本に入国したら『スイカ』などの電子マネーカードを買い、空港などに置かれる端末でIDをカードに記憶させ、希望の金額をカードにチャージする。
と具体的な話が書かれています。
ロードマップ(案)ではマイナンバーカードでしたが、記事では「スイカ」などの電子マネーカードとなっているのです。どういうことでしょうか。
■観光ビジョン実現プログラム2016は、交通系ICカードやスマートフォン等を活用と
政府は、2016年5月13日に開いた観光立国推進閣僚会議(主宰:内閣総理大臣)の第6回会合において、「観光ビジョン実現プログラム2016(観光ビジョンの実現に向けたアクション・プログラム2016)」(PDF)を決定しています。
そこにはこうあります。
・ 2020年までに、「IoTおもてなしクラウド事業」において、交通系ICカードやスマートフォン等を活用し、外国人旅行者への言語等の個人の属性に応じた観光・交通情報、災害情報等の選択的配信についての実証実験を経て、社会実装化し、利便性のあるICT環境を構築
・ 交通系ICカードやスマートフォン、デジタルサイネージ等と共通クラウド基盤を連携・活用し、外国人旅行者に対して、災害時等の緊急時の一斉情報配信や言語等の個人の属性に応じた情報提供、支払手続の簡略化等についての実証実験(IoTおもてなしクラウド事業)を行い、小売、交通、宿泊等における利便性向上等に資する基盤を構築し、2020年までに社会実装を行う。【改善・強化】
政府の方針では、マイナンバーカードではなく、交通系ICカードやスマートフォン等を活用するようです。
■手間が煩雑な割には、たいしたことのないサービス
記事は、「観光ビジョン実現プログラム2016」についてのものだったのですが、その内容はどのようなものでしょうか。
利用者は、(1)事前にパソコンなどで情報を登録して個人ごとの「おもてなしID番号」を受け取る (2)チケットやホテルを予約するときにIDを入力する (3)日本に入国したらスイカなどの電子マネーカードを買い、空港などに置かれる端末でIDをカードに記憶させ、希望の金額をカードにチャージするとしています。かなり煩雑ですね。訪日した方たちは果たしてスムーズに行えるのでしょうか。
そもそも「希望の金額をカードにチャージする」だけなら駅にある券売機で充分ですし、あらかじめチャージしたカードを空港で販売(出来れば外国語が話せる者が対面で)すればその方が、訪日客には便利でしょう。IDをカードに記憶させる機械―何台ぐらい設置するのかわかりませんが―を空港に設置する経費がもったいないような気がします。
一方、提供されるのはサービスは、(1)購入した電子マネーカード1枚で、交通機関の利用や競技場への入場、ホテルへのチェックイン、買い物ができる (2)駅の改札や、競技場やホテルに置く読み取り端末にカードをかざすと、母国語で競技場への行き方や災害情報などが表示される(あらかじめ登録したスマホにも同じ情報が届く)というものです。
交通系ICカードには無記名式のものもありますから、あえてIDを登録する必然性がわかりません。残金が不足すれば、最寄りの精算機や券売機でチャージすれば事足ります。また、ホテルへのチェックインはどうでしょう。カードを示せば、例えばパスポートの提示が省かれるのでしょうか(省くためには「おもてなしID番号」とパスポートとの紐付けが必要ですが、どこでどうやって行うのかの問題が生じます)。どこが便利になるのかわかりませんし、買い物なら慣れているクレジットカードをそのまま使うのではないでしょうか。
災害情報の表示については有効かも知れません。しかし、競技場への行き方なら便利なGoogleマップ―おそらくこちらも使い慣れているであろう―があります。余談ですが、私自身、海外に出かけた際には、Googleマップのおかげで、ほとんど迷うことなく行きたいところに行くことができています。
■10億円の予算は「IoTおもてなしクラウド事業」に?
とにかく、手間のかかる割にはそれほどたいしたサービスだとは思えませんが、果たしてどれだけの訪日外国人が使うのでしょう。
ところで、記事にある来年度予算に向け概算要求した事業費10億円は「観光ビジョン実現プログラム2016」にある実証実験(IoTおもてなしクラウド事業)に使うものでしょうか。それともシステムの本格構築でしょうか。わからないので、総務省のサイトで「IoTおもてなしクラウド事業」について検索してみました。
すると「2020年に向けた社会全体のICT化推進に関する懇談会」の第5回(2016年6月23日)の配付資料 「アクションプランの進捗状況」(PDF)が見つかりました。その4頁には、2016年度予算として既に6億5千万円が計上されていることが書かれています(下図)。大きな額ですね。
2016年度の『情報通信白書』の第1部第1章の「第3節 経済成長へのICTの貢献~定量的・総合的な検証~」(PDF)の59頁にも「IoTおもてなしクラウド事業」についての記述があるのがわかりました。
平成28年度予算「IoTおもてなしクラウド事業」では、共通クラウド基盤の構築を行い、そこに個人の属性情報を登録し、各サービスIDとひもづけ、交通系ICカードやスマートフォンをトリガーとして、各種サービス事業者とID連携することにより、支払手続きの簡略化、美術館(イベント会場)のチケットレスサービス、レストランでのアレルギー情報、ホテルのコンシェルジュとタクシーの情報連携などの実現に向けた実証事業を行うこととしている。また、政府全体での観光立国推進に向けて、本環境の整備により、訪日外国人が、入国時から滞在・宿泊、買い物、観光、出国までストレスなく快適に過ごすことが可能となり、インバウンド拡大による経済活性化に寄与することも期待される。
以上の資料から2016年度の予算6億5千万円は実証事業のためのものだとわかりました。ということは来年度予算の概算要求として上げられている10億円はシステム構築のためなのでしょう。
果たして本当にこれだけで済むのでしょうか。2020年に向けて、膨れあがることはないのでしょうか。また、そもそも16億5千万円もの費用をかけてまで構築する必要があるものなのでしょうか。
オリンピックのためと言えば何でもOKの風が、政府の中に吹いているような気がしてなりません。
■おまけ
この記事について、Twitterでは「訪日外国人だけでなく、日本人も使えるようにして欲しい」との声が―ごく少数ですが―聞こえてきます。
こうした要望に応えて、日本人もOKとするなら「おもてなしID番号」の代わりに何が使われることになるでしょう。マイナンバーの入力をとなるかも知れません。もしそうなれば、マイナンバーと行動履歴が紐付けられることになるでしょう。
それから蛇足ですが、マイナンバーカードと交通系ICカードは、ICカードの仕様が違う―前者はType-B、後者はFeliCa―ために、そもそも互換性がありません。
■もう一つ追加
2016年8月31日付けの日経新聞に「グーグル決済、秋にも上陸 スマホ支払い」とする下記の記事(一部引用)が掲載されました。
米グーグルは三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)と組み、今秋にも日本でスマートフォン(スマホ)を使った電子決済サービス「アンドロイドペイ」を始める。日本はIC交通乗車券「スイカ」や「楽天Edy(エディ)」などが普及するが、利用は国内に限られる。「世界仕様」のサービス上陸で、消費者は海外でも自分のスマホで買い物ができるようになる。
・・・
スマホ決済を巡っては米アップルも「アップルペイ」と呼ぶ独自サービスを日本で始める準備を進めているもようだ。スマホの基本ソフト(OS)を握る世界2強が参入することで、国内勢との顧客の囲い込み競争は激しくなりそうだ。
政府の「観光ビジョン実現プログラム2016」は、スイカなどの交通系ICカードを利用するとしているわけですが、「世界仕様」のグーグルや、アップルに太刀打ちできるのでしょうか。訪日外国人に使ってもらえず、税金の無駄遣いに終わりそうです。
というもののそもそも、記事によれば「グーグルはJR東日本やNTTドコモ、楽天、ジェーシービー(JCB)など他の電子マネー大手と、読み取り機などシステムへの相乗りを求めて協議を進めている」とありますから、政府だけが明後日の方向に向いているような気がします。
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