「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (2)
諸外国の番号制度のQ&A
諸外国の番号制度について、2011年11月に著した拙著『Q&A 共通番号 ここが問題』で触れていますので、その部分を以下に転載します。
「先進国は全てマイナンバーのような制度を入れている」のウソ (1) →
Q54 諸外国が導入している番号制度には、いくつか種類があるそうですが、それはどのようなものですか?
A 野村総合研究所は『2015年のIDビジネス』の中で「公的セクターのIDコードの類型化」として、その導入目的、発行方法からそれぞれ次のように分類しています(国名の後のカッコ内は根拠法の施行年)【注1】。
導入目的によって分類すると、(1)住民登録のため:スウェーデン(1947)、デンマーク(1968)、ノルウェー(1970)、フィンランド(不明)、オランダ(2006)、フランス(1941)、韓国(1962)、(2)社会保障の加入者管理のため:アメリカ(1936)、カナダ(1964)、イギリス(1948)、(3)税務管理のため:イタリア(1977)、オーストラリア(1989)、(4)身分証明のため:シンガポール(1948)、エストニア(1999)となります。
一方、発行方法で分類すると、(1)分散モデル―年金、医療といった領域(目的)ごとに個別のIDコードを発行し、統一的に利用できるIDコードを発行しない(筆者注:セパレートモデルともいわれる):日本、ドイツ、(2)統合モデル―あらゆる分野で共通して1つのIDコードを用いる(筆者注:フラットモデルともいわれる):スウェーデン、アメリカ、韓国、(3)セクトラルモデル―領域ごとに異なるIDコードを用いるが、それらのIDコードが個人に1つの基幹IDコードから紐付けられる仕組み:オーストリアとなるとしています。
では、日本の共通番号制度はどうなのでしょうか。導入目的としては(2)と(3)でしょう。発行方法ではどうでしょうか。番号制度に関する実務検討会などで議論されてきた複数の分野で同じ番号を使うという点ではフラットモデルですが、情報連携基盤技術ワーキング・グループで検討されている情報連携の際には「個人を特定するための情報連携基盤等及び情報保有機関のみで用いる符号を識別子として用いる」(「中間とりまとめ」2011年7月28日)としている点ではセクトラルモデルのようです。最終的に併用となるのか、どちらかになるのか、今のところよくわかりません【2011年11月時点の記述のため「わからない」となっているが、現時点では統合モデルとセクトラルモデルの併用という形で準備が進められている】。
Q55 番号制度を導入した背景は、国によって違うそうですが、具体的にはどう違うのでしょうか?
A 番号制度を導入した背景は、国によって大きく異なります。
■ 戦争を背景とした韓国やフランス
韓国の場合は「住民登録番号の導入目的の1つに、自国民と北朝鮮国民とを区別し、国民の安全を確保するという観点が含まれて」います。また、フランスの社会保障番号も「もともとは第2次世界大戦中のヴィシー政権時に、国民を管理するために導入された」ものです【注2】。
もっともフランスの番号制度については「ドイツに占領されていた第2次世界大戦中の1940年に1人の軍人(ロネ・カミーユ氏)によって構想され」、「ナチに対するレジスタンス用の国民台帳(本来の目的では男性のみが対象。ただ、本来目的をカモフラージュするために女性も対象者に加えた)を作成するためであった」という話もあります【注3】。なお、フランスの社会保障番号は「全省庁を横断して普遍的に利用しないことが基本方針」になっています【注4】 。
■ 教会の住民記録から移管されたスウェーデン
高山憲之・一橋大学特任教授によると、スウェーデンでは住民の出生や死亡等は、もともと教会に届け出られており、教会における住民記録管理は1571年に始まったといわれています。1686年に住民記録管理に関する統一規則が制定され、1947年には国民総背番号制度が導入されました。
住民登録実務が教会から国税庁に移管されたのは1991年と【注5】、まだほんの20年前です。日本では考えられないことですが、スウェーデンでは教会と住民生活が密接につながっているようです。
アメリカ【→】の社会保障番号(SSN)はどうでしょうか。1929年の世界大恐慌により1000万人が失業する中で、労働者運動が高まり、社会主義運動とも共同する場合が生じていました。時の政府は「国民が生活改善を求めるこの広汎な運動に対して、体制崩壊の危機を回避するためにも国民要求に応える新制度」として、1935年に社会保障法を制定しました【注6】。翌年には、「税の徴収と社会福祉給付のため」にSSNの個人への付番が始まり、「1年後に雇用保険にも使用することが決定」しました。さらに1943年には「連邦行政機関に対し、新しいデータシステムにはこの番号を使用することを命ずる大統領命令」が出されています。その後、1961年に「内国歳入庁がSSNを納税者番号として使用したことをきっかけに、SSNは、老人福祉年金、連邦及び州公務員の人事記録、退役軍人の疾病記録、軍人人事記録、さらに銀行や保険取引、自動車登録、多くの州の運転免許、州や自治体の公的扶助制度などに使用されるようになった」のです【注7】。
■ ナチス時代の反省が景にあるドイツ
ドイツ【→】は、セパレート・モデルをとっていますが、これは「連邦憲法裁判所が下した、1983年の国勢調査に汎用の共通番号を利用することは違憲となる可能性がある旨の示唆を含んだ判決及びこの判決に基づいた汎用の共通番号の導入は連邦基本法(連邦憲法)上ゆるされないとする連邦議会の見解」があるからです【注8】。こうした見解の根底には「ナチス時代の反省が強くあり、公権力が個人を管理することには、非常に慎重」なのです【注9】。
このように番号制度導入の背景は、国によって異なっており、「どこそこの国には番号制度があるから、日本にも」などと単純に引き写すことには無理があります。日弁連も「『税と社会保障共通の番号』制度創設に関する意見書」において、「そもそも推進している国々と我が国とでは,その国情や国民性が大きく異なる。特に、例えばEU諸国やカナダなどでは、我が国には存在しない独立の第三者機関(ドイツのデータ保護監察官、カナダのプライバシーコミッショナーなど)が存在し、国民等のプライバシー保護に関する監督機能を果たしているという実績が存することを抜きに考えられない」と指摘しています。
Q56 諸外国の番号制度はどうなっているのでしょうか。
A アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストリア、スウェーデンについて簡単に紹介します【注10】 。
アメリカでは、社会保障番号(SSN)が行政だけでなく民間でも共通番号として幅広く使われています。SSNが漏洩したり、売買されたりすることなどにより他人のSSNを不法に使う「成りすまし犯罪者天国」の状況が生まれているようです。また、2005年からは、テロ対策などを理由に運転免許証等を国民IDとして機能させる多機能化(ICカード化)が始まっています。
イギリスでは、2006年3月に国民IDカード法が成立し、英国ID登録簿(NIR)を作成することになりました。しかし、2010年5月に誕生した保守党・自由民主党による新連立政権は、恒常的な人権侵害装置であるとして、廃止を決定し、NIRのすべてのデーターは2011年2月までに廃棄されました。
ドイツは、連邦税務だけに使う納税者番号を2007年7月から導入していますが、この番号を他の行政機関や民間企業などが利用することは禁止されています。また、行政機関や民間企業の個人データの取扱いを監視する役割を持った中立的な第三者機関として「データ保護監察官」が連邦と16の州に存在しています。
■ セクトラルモデルを採用したオーストリア
オーストリアでは、日本の住民票コードに相当するCRR番号から、第三者機関であるデータ保護委員会において、個人認証用の電子識別番号(ソースPIN)を作成し、さらに同番号から行政分野別番号(ssPIN)を作成するという3層制の分野別番号制(セクトラル・モデル)を採用しています。
■ データ監視社会との批判もあるスウェーデン
スウェーデンでは、個人のプライバシー保護をあまり配慮することなく同一の番号を一般に公開し、多目的利用するフラット・モデルが採用されています。番号制度は、1947年に全国統一の制度として導入され、現行制度は1991年の住民登録法、住民登録簿法によって規定されています。番号を汎用することで、データ監視社会の構築を許してしまった国としての厳しい評価もあります。
注1 野村総合研究所『2015年のIDビジネス』東洋経済新報社、2009年、174~181頁。
注2 同、176頁。
注3 高山憲之「フランスの社会保障番号制度について」『世代間問題研究プロジェクト ディスカッション・ペーパー』No.345(2007年11月) http://www.ier.hit-u.ac.jp/pie/stage2/Japanese/d_p/dp2007/dp344/text.pdf
注4 同。
注5 同、「諸外国における社会保障番号制度と税・社会保険料の徴収管理」『海外社会保障研究』No.172(Autumn2010)
注6 芝田英昭『新しい社会保障の設計』文理閣、2006年、23頁。
注7 平松毅『個人情報保護 制度と役割』ぎょうせい、1999年、148~149頁
注8 名古屋市委員会意見書。
注9 日弁連、前掲パンフレット、9頁。
注10 参考とした文献 名古屋市委員会意見書。岡久慶「英国2006年IDカード法」『外国の立法』No.230、2006年11月。原田泉編『国民ID 導入に向けた取り組み』NTT出版、2009年。野村総合研究所、前掲書など。